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番外編 オッサンのハニー
『おい、あんたまた弁当忘れていきやがったな』
そういって不機嫌そうに電話がかかってきた、午前9時。
思わず無言で鞄を確認した俺は、お、マジか、本当に弁当入ってねえと愕然と鞄を見る。
「いや、マジかあ…」
いや、確かに、昨日帰ったのが午前3時回ってて、朝もぎりぎりまでバタバタしていたから、仕方なくはある。
あるんだが、
「うああ…俺の卵焼きぃ~」
俺の日々の活力である愛妻の手料理を食べられないなんて、辛すぎる…!
ただでさえ今日は朝食すら食えてねーってのに…!
しかも、昨日もまったく同じ流れで弁当忘れて、虚しくコンビニ弁当食ったし!
だが、そんな悲痛な嘆きにも、男気溢れる俺のハニーは、
『ドアホ。何日忘れてく気だ』
と、かなりそっけない。
まあ、バイト先のバーに就職することが決まって、社員扱いで働き始めたこの忙しいときに毎食作ってくれているだけでも相当にありがたいんだから、そんなことで俺が落ち込んでるのも自業自得なわけで。
昼時になって「飯食お~♪」ってなってるときに発覚するよか、まだマシだとでも思っておこ…。
「はあ…なんにしてもショックだ…。悪いな、せっかく作ってもらったのに食えなくてよ」
『ほんとだよ。ボケんのが早いんだよ、オッサン』
「うぐ…っ、地味に心に刺さった…」
そういって胸に手を宛ててもだえる俺を、目の前のデスクに座っている後輩が見てはいけないものを見た、という顔で目を逸らす。
おいこらてめぇ、どういう見解だこの野郎。
弁当ショックですさんだ心が矛先を収める鞘として、後輩を定めた瞬間だった。
しかし、
『…そんなにはやくボケられちゃ、俺が寂しいだろーが』
ポツリと、まるで言うつもりなんてなかった、というような小さな声で、ハニーのデレが炸裂した。
「っ…悪い。オジサン、もっと健康に気を付けて、寂しがり屋のハニーを未亡人にしないよう気を付けるわ」
『っ…! うるせえ!そういうなら最後まで絶対、俺を置いてくなよ!』ツーツーッ
勝手に通話を終わりにされた。
その瞬間、
「はあぁああああ!! 俺のハニー可愛すぎかよおぉお…!!」
もう、弁当ショックなんてどっかいった。
むしろ、ハニーの可愛い爆弾で頭やられて、仕事になる気がしねえ。
床に膝を付いて、頭を抱えるようにもだえる俺を、さっきとはまた別の後輩がゴミムシを見るような目で見て通り過ぎていった。
だが、俺はもう気にしない…!
なぜなら、ハニーに活力をもらって、完全復活したからだ!
この状態で現場に出たら相当いい結果が出せる気がしたが、あいにく今日は書類仕事のみ。
そんな状況がちょっと残念だが書類さっさと終わらせて、今日こそハニーを可愛がるんだと思えば書類仕事も悪くない。
「っ…し! ひと踏ん張り…!」
そういって、猛烈な勢いで仕事を消化してく俺を見て、周りがドン引きしてたことなんて俺の知ったこっちゃない。
ちなみに、その日の午後。
「部長、来客があるとのことです。ロビーでお待ちだとか」
「ん? 来客? 今日来るってことは、いったいどいつだ…?」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行ってください」
「…本当はお前、俺の事上司なんて思ってないだろ…?!」
「あいにくとこの稼業ですので、未成年とお付き合いされているような上司はちょっと…」
「うおぉおおい! それは聞き捨てならねえぞ! あいつはちゃんと成人済みだっつーの!…ん?てかおまっ、何で知って…! まさか…!」
冷たい後輩の元からすぐさま走り去った俺は、来客がいるというロビーへと一目散で向かう。
途中、エレベーターが全然来なくてイラついた俺は、階段を駆け下りるなんていう、青春みたいな体験を久々にすることとなる。
そして案の定、ロビーには
「おい、馬鹿みたいに落ち込んでたから、わざわざ持ってきてやったんだぞ」
と、仏頂面で弁当包みを突き出す、俺のハニーが立っていたのだった。
あまりの嬉しさについつい抱き着こうとして、軽くみぞおちを叩かれたのは致し方なし。
ただ、
「…早く帰ってくんなら、甘やかしてやる」
とハニーから許可をいただいたので、その日は人生最速で仕事を終わらせて、珍しく定時に上がることが出来たのだった。
ん? ハニーの甘やかしはどんなだったって? もちろん、俺は恥のない男なので、据え膳はしっかりいただいといた。
あまりにむさぼったせいで、翌日弁当抜きにされたのはまあ、ご愛嬌ということで…。
それからの俺は、できるだけ仕事を早めに終わらせて帰ることを心掛けている。
なぜかっていうとだな、ハニーが理性までドロドロにとろけ始めた時に言われたんだよ。
「オッサンと違って俺はまだまだ枯れねえんだから、もっとちゃんと相手しろよ…!」
ってな。
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