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第11話 知らなかった素顔 1

 なにかを考えるように視線を動かした雪近は、しばらく黙り込んでいたが瞬きをしてゆっくりと口を開いた。そしてどこか淡々とした声を発する。 「そうですよね。こういう界隈って、すぐに噂が広がりますよね。でも男がいるのに手を出したんじゃなくて、向こうが黙っていたから揉めたんです。それにそういう相手は大悟さんと付き合う前に全部切りました」  どこか義務的な声で言葉を吐き出し、煩わしそうに雪近は眉をひそめた。まっすぐに向けられる辰巳の視線に肩をすくめた雪近を見て、俺は思わず首を傾げてしまう。 「雪、お前。いままで付き合った相手はいないって言ってなかったか?」  問いかけた声が思わず震える。なにか俺はいま聞き間違いをしたのだろうか。そう思いたいのに、こちらを向いた雪近の目に息が止まりそうになる。彼の目はいつものようにまっすぐで淀みがない。なにかを誤魔化すような色は欠片も見えなかった。 「俺は、いままで大悟さん以外、誰かと付き合ったことはないよ」 「待って、それって、それってさ。いままで関わった相手、全部遊びってことだろ? 雪は心にない相手でも平気なのか?」  これは聞きたくなかった。知りたくなかった。雪近の裏側を見たような気分になって、いままで見ていたものが信じられなくなりそうになる。  初めて雪近に会った時、彼はまだ高校生になったばかりだった。大学時代に家庭教師のバイトをしていて、受け持った生徒のうちの一人。ガキみたいな見た目の俺を見下すこともなく慕ってくれて、そんな雪近がすごく可愛くて、毎回家に通うのが楽しみで仕方がなかった。最初の頃はずっと弟みたいに思っていた。でも一緒にいる時間が増えるほどに、胸の中にある想いが恋へ変化し始めて。  高校を卒業する前に連絡先を教えてもらった時には、もう舞い上がってしまうくらい、本当に好きになっていた。大学に入ってからも連絡は絶えなくて、俺の想いは募る一方で。  だけど一体いつからそんな相手がいたんだろう。俺の知らないところで、知らない誰かと寝ていたってことだろう? それって俺の告白を保留にしていたあいだも? 「大悟さんと付き合えると思ってなかったから」 「それは答えになってない」 「金茶色の髪で、小柄で、色が白くて、ちょっと目元がきつい。似ている相手なら誰でもよかった」

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