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第12話 知らなかった素顔 2

 喉奥で息が詰まって、胸が苦しくなってじわりと涙がこみ上げそうになる。なんの迷いもなく吐き出された言葉はひどく冷たいと感じた。こんな雪近を俺は知らない。 「誰でもって」 「俺は大悟さんのことしか考えられなかった。だからどれも代わりにしかならないよ。幻滅した? 嫌いになった?」 「……き、嫌いになんて、なれるわけないだろ。俺が、お前をどれほど好きか、わかってんのか。わかっててそんなこと言うのかよ」 「俺は、大悟さんに言われるまでわからなかったよ。俺を好きになってくれるなんて、思いも寄らなかった」  こっちのほうが泣きたい気分なのに、目の前にいる雪近のほうがひどく傷ついた顔をする。そんな顔を見せられたら、もう問いただして責めることもできない。でも責めてどうなるんだろうという気持ちにもなる。  はっきりと言葉にされてはいないが、これは雪近もいまよりもっと前から俺のことが好きだった、ということじゃないのか。雪近の言う言葉が本当なら、だから俺に似た相手を選んで傍に置いていた。 「雪、後悔してる?」 「してる。してるよ。こんなことになるなら、早く好きだって言えばよかった。でも手に入るなんて思わなかったんだ」  綺麗な黒い瞳にじわりと涙が浮かんだのがわかった。光を反射してキラキラと光るそれが、雪近の心みたいに綺麗だなと感じる。彼の葛藤は至極当然なものだ。異性愛者が当たり前な世の中で、同性への恋情が報われるなんて簡単に思えやしない。想いを告げたらそこで縁が切れてしまうこともある。  怖かったんだ。きっとすごく怖くて、耐えきれなくなって現実から逃げ出したんだ。 「返事を遅らせたのは、相手と別れるため?」 「そうだよ」 「でもなんでそんなに時間がかかったんだ」 「別れるのは難しくなかった。みんな俺が本気じゃないって気づいてたから、すぐだったよ。でもほかの誰かを抱きしめた手で、簡単に大悟さんを抱きしめられない。そんな俺は、汚いでしょ」  苦しげに歪んだ表情に雪近の想いが押し込められている気がする。きっと自分がしてしまったことに対する後悔と罪悪感で、押しつぶされそうな思いをしたのだろう。あの空白の時間の中で、もしかしたら俺と離れる答えも考えたのかもしれない。  それでもそんな感情を乗り越えて雪近は俺の手を掴んでくれた。

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