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第16話 初めてみたいな気持ち 1

 結局店ではそこそこ高い酒を入れることになった。ほぼビールやチューハイくらいしか飲まない俺には無用の産物だ。おそらくそれは全部、辰巳が一人で飲むことになるだろう。でもまあ、毎回ビールをおごらされているし、それを一括払いしたと思えばそれほど痛手ではないと思える。なんにせよ辰巳にはずっと悩みも愚痴も聞いてもらっていた。これで少しは安心させてやれただろうか。 「雪、疲れてないか?」 「うん、俺は平気だよ。大悟さんこそ大丈夫?」 「平気、平気。もっと大騒ぎしたこともあるしな」  大酒飲みで全然酔わない辰巳と飲む時は、極力ペースを崩さないことが大事だ。最初の頃はそれがわからず潰されたことも多かったが、いまはもうだいぶ慣れた。それに今日は出来るだけ酒に酔いたくなかった。前を向く雪近の横顔を見つめて、そっと隣り合った手を掴んだ。  駅からマンションへと続く道。終電の時間ということもあって、人はほとんどすれ違うこともない。電柱の蛍光灯だけが頼りの道で、掴んだ手を強く握る。その手の感触に雪近は驚いたように振り向いたが、熱い頬を誤魔化すように俯いた俺に小さく笑った。 「大悟さんから繋いでくれるなんて珍しい」 「ようやく二人きりになれたから、そういう気分なんだ」 「あはは、そうだね。辰巳さん全然帰してくれないんだもんね」 「すぐ帰るって言ったのに。おかげで雪の誕生日迎えたの電車の中だった」 「大悟さんいきなり電車の中で大きな声上げるからびっくりしちゃったよ」  本当だったらもう家に帰り着いて二人でゆっくり誕生日を迎えるはずだった。それなのに日付が変わったのは電車の真っ只中。予定が狂いっぱなしですごく悔しい。けれど雪近はちっとも気にする素振りも見せずに笑っている。その顔を見ると少しほっとしてしまう。 「携帯電話にアラームかけてたから、それが震えて我に返った」 「俺はいまから大悟さんの家に行くほうが楽しみだから、あんまり気にしてないよ」 「物珍しいものはなんにもないけどな」 「大悟さんが毎日寝起きしている部屋って言うだけで充分」 「なんだそれ、ちょっとマニアックだな」  長い付き合いではあるけれど、俺も雪近もまだ家を行き来したことがない。いつも会うのは外だったから、自分の部屋に雪近を呼ぼうなんて思ったのも初めてだ。

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