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第4話
朝早く目覚めた俺は、【用事あるから帰る】と書いたメモを残し、まだスヤスヤと眠る未樹を置いて自宅に戻って来てしまった。
「はぁー、何やってんだろ俺…」
朝食の最中、未樹から電話とラインが何回か来たけど、全部無視してキッチンのダイニングテーブルの上に突っ伏した。
両親はさっき仕事に出掛けて行ったから、いま家にいるのは俺と大学生の姉貴だけだ。
「あんたどうしたの?泊まりだって嬉しそうに出てったのにそんなに早く帰ってきて。喧嘩でもした?」
これからデートらしい姉貴は、テーブル向かいの席に座って手鏡を見ながら、リップグロスを丹念に塗っていた。
「うっせぇな。彼氏と会うからって、いつも化粧濃すぎなんだよ」
「はぁ?何八当りしてんのよ。どうせあんたが空気読めない事言って友達を怒らせたりしたんじゃないの?あんたは昔っからそういうとこが…」
「うるせー!何にも知らねーくせに!」
俺は再度頭を抱えて突っ伏した。
空気が読めすぎるからこうなってんだろっ。
明日から未樹にどんな顔して接すればいいのか、全然分からなかった。
未樹はずっと恋愛に関して無頓着だと思い込んでいたから、あまりに急すぎて頭がついていかない。
「…姉ちゃん。例えばだけど、自分の好きな奴に、自分じゃない好きな奴がいるとしたらどうする?」
藁にも縋る思いで、姉貴に助け船を出した。
何でもいいから速攻で立ち直れる優しい言葉をかけて欲しい。
しかし姉貴は「ふっ」と鼻で笑った。
「あんたはどうしたいの」
「…...見守る」
「嘘ばっかり」
図星だったからカッとなって顔を上げた。
「何だよ嘘って」
「そんな事これっぽっちも思ってないくせに」
「…...」
「高志だなんて立派な名前持ってんのに、低く生きてんじゃないわよ。そんなので悩む前に、早く友達に謝ったら?じゃあ私、もう出かけるからね」
姉貴は素っ気なく言ってさっさと部屋を出て行った。
自分はどうしたいか。
未樹に、他の誰でも無く俺を好きになってって言いたい。
未樹と恋人同士になって、あわよくばいろんな事をしたい。
でもどうにもならねぇんだよ。
ぐるぐると思考を巡らせていたら、またドアが開いて、姉貴が仏頂面でそこに立っていた。
「何?忘れもん?」
「ちゃんと仲直りしなさいよ?じゃあね」
ごゆっくり、と言って姉貴が姿を消したら、変わりに未樹がひょっこりと顔を出した。
心許無く、今にも泣きそうな顔をして。
「み、未樹、来たのかよっ」
「来たのかよじゃないよ。用事なんて無いくせに、何勝手に帰って……」
ガチャ、と姉貴が玄関のドアを閉めたのと同時に、未樹は堰を切ったようにぽろぽろと涙を流し始める。
俺はギョッとして、慌てて未樹の傍に駆け寄った。
「おい、何でそんなに泣いてるんだよ」
「だって、朝起きたら高志がいなくてっ、何かしちゃったのかなって俺、不安になって、嫌われたのかなって…」
泣かせてしまった事に、胸がギュッと痛くなった。
「未樹を、嫌いになるわけないだろ」
「じゃあどうして勝手にいなくなったんだよ……っ」
ポロポロポロ。
溢れる涙が宝石のようにキラキラしていて儚くて、手でそれを拭ってやっていると、自分の意志とは裏腹に、体が咄嗟に動いていた。
未樹を、きつく抱きしめていた。
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