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第7話
未樹と恋人同士になって1カ月が経つけど、凄く楽しい。
他人の目を盗んでは、所構わず手を繋いでキスをして。
今度、ラブホに行ってみたいねって未樹から言われた時には鼻血が吹き出そうになった。
まだ体を繋げていないのだ。
あの日以来、そうなれるタイミングが無かった。未樹の家は親がいて駄目だし、俺の親は仕事で家を空ける事が多いが、予定が読めない姉貴が邪魔だった。
しばらく海外旅行にでも行ってくれりゃあいいのに。
そんな矢先、また未樹の両親が出掛ける事になった。
今回は残念ながら泊まりでは無いが、結婚記念日なんだからという理由で、未樹が無理やり出掛けさせてくれたらしい。
「ほんとに帰って来ねえよな?ヤッてる最中に鉢合わせとか嫌だぜ、俺」
「大丈夫。イルミネーションの写真たくさん撮って来てって伝えたから、当分帰って来ないよ」
未樹の部屋でしばらくのんびりして、キスをして。
お互い、この1カ月でキスが上達したと思う。特に未樹の方が積極的に舌を絡ませてくるし。キスだけでイッちゃいそうになるくらい相性が良い。
「…じゃあ、俺ちょっと…先に風呂行ってくる」
「お、おう」
未樹は少々照れながら部屋を出て行った。
きっと体の準備がいろいろとあるのだろう。
俺もソワソワと落ち着かない気分で、持って来たゴムとローションをカバンから取り出し、キョロキョロと辺りを見渡した。
ちゃんとリードできるように、エッチの最中にサッと取り出せる目立たない場所に置こう。取り敢えずこのベッドの下の隙間に…
そう思って下を覗いた時だった。
隅っこに、ボールペンくらいの細長い物が落ちているのが見えた。
拾ってやろうと、手を伸ばしてそれを手繰り寄せ目にした瞬間、ドキ、と心臓が跳ねた。
女物の口紅――ピンク色のグロスだった。
姉貴が彼氏とのデートの日に塗りたくっているから、よく知ってる。
何でこんな物が…え、未樹は一人っ子だよな?母親の?いや、未樹の母親はこんな蛍光ピンクのグロスなんか付けないだろ。なら他の誰かのって事になるけど…誰?友達?それとも――彼女?
――全部をさらけ出す勇気が無くて。それでも、好きでいてくれる?
あの日の言葉にハッとする。
もしかして未樹、俺に嘘を吐いてる?
彼女がいるけど、俺とも付き合ってるって事か?
いやまさか。考えすぎだろ。どうせ従姉妹が遊びに来て、とかそんなんだろ。そうやって自分に言い聞かせていないと不安だった。
しばらく考え込んでいたら、未樹が戻ってきた。
俺が手にする物を見た途端、未樹はハッと目を見開き、慌てて俺からグロスを取り上げ、背を向けてペタンと座り込んでしまった。
それを見て、俺は呆然とした。
「え、未樹、それ何?誰の?」
未樹は何も答えずに、体を少し震わせるだけだった。
マジかよ。なんで何も答えないんだよ。
「何黙ってんの?誰のかって聞いてんだけど。え、何?お前、彼女いたの?」
「…あ、ち、ちが…っ」
「じゃあ誰の?おばさんのって訳でもねぇよな?」
「……」
「お前の人に言えない秘密って、コレ?」
一気に裏切られた気持ちになった。
この1カ月でキスが上達したのは、彼女と練習してたからって事か?
いや、練習台にされてたのは俺で、本命はそっちだろう。だって未樹はノンケだし、普通なら女と付き合いたい筈だ。
あぁ、ノンケに一目惚れなんてするんじゃ無かった。
何も答えない未樹の小さな背中をぼんやり見つめていたら、未樹は恐る恐る振り返り、蚊の鳴くような声で呟いた。
「…嫌いに…ならないで」
「...じゃあな」
カバンを手に持ち、未樹の横を通り過ぎて部屋を出た。
喉の奥が詰まって、涙が止まらなかった。
未樹を嫌いになりたいと思えば思うほど、涙が出た。
嫌いになんてなれない。
例え未樹に嘘を吐かれてたとしても、俺は未樹が好きだ。
未樹という存在が愛しくて愛しくて、しょうがなかった。
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