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2.火曜日、穏やかな放課後

 翌朝。目が覚め、起き上がろうとしたがなぜか起き上がれない。まるで誰かに抱き締められているような──。 「おわっ、速水」  ちらっと振り向くと、速水が俺を抱き枕のように抱き締めて眠っていた。ずいぶんと気持ち良さそうだ。  まだ朝の5時とはいえ、早く起きなくてはならない。一緒に出るところを見られたら、俺はおしまいだ。 「おい速水、起きろ」 「んー、先生……おはようございます。今何時ですかぁ? 」 「5時ぐらいだ。ほら、早く起きろ。いくら外泊届け出したとはいえ、一度顔を見せなきゃ怒られるぞ」 「えー、でも、僕は生徒会長ですし」 「俺は理事長の息子で養護教諭だ。とっとと起きろ! 」 「む……」  速水が仕方なさそうに起きる。寮に入っている生徒は平日(月曜日~木曜日)に外泊した場合、必ず翌日の授業前に顔を見せる決まりとなっている。謎の決まりだが、俺が在学している時からあったらしく、友人はよく嘆いていた。  俺は速水より先に洗面所に向かい、顔を洗う。目がすっかり覚めたところで、いつものようにカロリーメイトを取り出そうとキッチンに向かうと見慣れないものが目についた。 「パン……? 」 「朝食用ですよ。今からハムエッグ作りますから、座って待っていてください」 「え、朝食も作るのかよ」 「黒瀬先生の為です」 「……はい」  トースター(※漣が持ち込んだ)にパンを2枚入れ、パンを焼く。速水はいつの間にか買っていた卵やハムでハムエッグを作っている。朝から凄いな……。  パンが焼き上がり一足先にマーガリンを塗って、食卓に座って食べ始める。こうしてパンを食べるのも久しぶりだ。  出来上がったハムエッグは、俺が知る中で一番の見た目だ。しかしお腹の空いていた俺はあっという間に完食する。  朝食後。速水はまだ台所で何やら作業をしていた。まだ6時とはいえ、そろそろ準備するべきでは──。 「おい、速水、何してんだ」 「ああ、お弁当作りですよ。どうせ先生、昼間はろくなものを食べないんでしょう? 本当なら、お昼休みは共にしたいのですが……生憎、生徒会長のお仕事やら何やらありまして。せめてもの気持ちです」 「お、おう……」 「あと、カロリーメイトは没収です」 「はあ!? 」 「しっかり食べてほしいんです。あ、さすがに毎日は無理ですから作り置き用意しておきますね」 「……」  速水は冷蔵庫を開け、作り置きを見せてくる。それを見た俺は唖然としてしまう。漣が持ち込んでそのままになっていたたくさんのタッパ。そこに今はぎっしりと様々なおかずが詰め込まれている。  どこの主婦だよ、と突っ込みたくなった。 「それじゃあ、僕は行きますね。また後で」 「ああ」  6時30分過ぎ。速水は出ていった。俺は、はあっ、とため息をつく。  それから全ての戸棚を確認したが、カロリーメイトなど手軽に食べられるものは全て速水が持ち出したようだ。カップ麺もない。  ……作り置き、ちゃんと食べなきゃ怒られるんだろうなあ。  それから30分後の午前7時。俺は家を出る。本当はもう少しゆっくりしたいのだが、朝から部活動に励む生徒からクレームが出るため致し方無い。  保健室に着くと、早速野球部のバカ2人が駆け込んできた。また些細なことでケンカしたらしい。怪我の程度が軽いため処置の道具を渡し、俺はソファで寝そべる。  彼らが出ていったのと入れ違いに、幼なじみである漣がやって来た。(火曜日は必ず朝からサボりに来る。漣曰く、お年寄りの話し相手なんてしたくない、とのこと。) 「やあ」 「……お、漣」 「あれ? 何か疲れてる? 」 「ああ……」  俺は昨日の放課後から今朝にかけて起きたことを話す。漣は必死に笑いを堪えながら聞いている。  話し終わると、漣は笑いだした。 「何がおかしい」 「だって、よりによって生徒会長だよ? 権限が強い、生徒会長。生徒会長の言うことは理事長も聞き入れるぐらいだってウワサだし。あとその速水って人、金持ちでしょ絶対」 「は……」 「うわー、本当、嫌な相手に好かれたねえ。変わってあげたいけど、生憎、僕はゲイじゃないから。ごめんね」 「別にお前に無理は言わん。それとサボるならいつもどおり対応は任せた。今日は体育の授業が1時間目と3時間目に入ってるはずだ。俺は寝る」 「はいはい」  応対及び軽い傷の手当てをする保健室の間仕切りをおいた奥に俺専用スペースがある。そこにはベッドや机、ソファをおいている。漣がいるときは、基本的にここで1日中だらけるのが俺の日常だ。  しばらくスマホでゲームをし、眠気がきたら寝る。ちなみに職務怠慢じゃないかと思われることはない。漣の方が女子受けが良いからだ。  俺はふわあ、とあくびをしたあとスマホを置いて眠りについた。  目が覚めたのはお昼過ぎ。間仕切りの向こう側は相変わらず騒がしい。漣目当ての女子が昼休みを利用して遊びに来ているのだろう。ここは保健室だが、注意をしたところでおじさんは引っ込んでろと言われるだろう。それは困る。  とりあえずお腹が空いたので起き上がって、漣の元に行く。本当は嫌だが、バッグを置きっぱなしだから仕方ない。  俺に気づいた漣が会話を中断してこちらに向き直る。(女子3人が舌打ちをしたのが聞こえたが無視だ無視) 「あ、翔馬。どうしたの? 」 「昼飯だよ、昼飯。は──いや、お弁当を今日持ってきたんだ」 「へえ、珍しいね。よかったらここで食べたら? 」 「いや、結構。女子と食べるなんて食欲が失せるだけだ」 「ちょ、しょーちゃん! 言い方! 」  女が苦手なのだから、んなことはしたくない。  俺は再び自分専用スペースに戻り、ソファに座る。目の前の机に取り出したお弁当(普通の2段弁当)を置き、蓋を開ける。 「わ……」  彩りが綺麗、という感想が第一に浮かんだ。普通、お弁当というと茶色一色だが、きちんと野菜も入っており、ますます速水が主婦のように思えてならない。ちなみにふりかけは俺が一番好きなのりたまで、自然と頬が緩む。  お茶を入れるような筒には味噌汁が入っており、昼食は和食のようだ。俺は、いただきます、と呟いてから食べ始める。 「うまい……」  こんなにまともなお昼ご飯を食べたのはいつ以来だろうか。味付けは不思議なくらい俺の好みと一致しており、あっという間に完食をしてしまう。  いつの間にか漣がお茶を持って俺の横に座っており、俺はびくっ、とする。 「すごいね、そんなに嬉しそうなしょーちゃん久しぶりに見るよ。はいお茶」 「あ、ああ、ありがとう……。そうか? そんなに嬉しそうか? 」 「うん、すっごい笑顔。あれ以来笑顔減っちゃっていたじゃん? 速水くんのお弁当、そんなに美味しかった? 」 「──ああ。悔しいが、俺好みで量もちょうどよかった」 「ふふ、そうなんだ。あ、じゃあそろそろ僕は帰るね。急患だって連絡来ちゃった」 「分かった」  漣が立ち去り、俺はお茶を飲んで一息をつく。──作り置きもきっとおいしいんだろうな、とふと思った。  それから午後になってからは体育も無い為、退屈だった。かといって体調を悪くした生徒も現れず、俺はひたすらだらけていた。  そして放課後。職員会議の為職員室に行き、それから終わった後に保健室に戻ると、速水がいた。留守を任せていたはずの今日の当番の保健委員はいなくなっていた。  速水は俺に気づくと笑顔を浮かべた。 「あ、先生。お帰りなさい」 「速水……。駒田はどうした」 「駒田さんなら帰しましたよ。正直面倒だし、とか言っていたので変わってあげました」 「マジか……」 「先生、お昼ご飯完食したんですね。美味しかったですか? 」 「ああ。びっくりしたよ、俺好みで」 「喜んでもらえてよかったです」  ニコニコ笑う速水と他愛のない会話を交わす。速水が好意を持っていることなど、忘れるぐらい居心地がよい。まるで漣といる時のようだ。  速水は会話が途切れた後も、18時30分までは居座り続けた。18時30分になると、誰かが迎えに来た。 「健二、そろそろ夕飯行かないとヤバいぞ」 「あ、ごめん。──じゃあね、先生。また明日」 「──おう」  俺にさりげなくキスをして、速水は迎えに来た友人と共に帰っていった。──今日はやけに穏やかだった。

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