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ボールペン

 11月中旬のある休みの日。俺は朝起きてきて、健二にあることを聞かれた。 「そういえば先生、白衣の胸ポケットにいつもボールペン2本ささってますけど、片方しか使いませんよね? しかもその使わない方、結構新しい感じですし」 「あ、ああ……それな、片想いしていた相手からぬ…借りた奴だ。もう学校にはいないそいつとの唯一の繋がりだから、使うのもなんか憚れてな……」 「──へえ、そうなんですね」  片想い、という言葉に健二がぴくりと反応する。あまり面白くないのだろう。まあ、そりゃそうだよな。  俺は更に細かい説明を付け加える。 「健二が入学する前までいた、有働隼人って先生に俺は確かに片想いをしていた。ただ、彼は当時既婚者だったから観察するだけにとどめていた。だが、彼は健二が入学する直前の3月に学校を辞めた。実は彼は秋頃に離婚をして、その直後に付き合い出した彼氏と共に辞めていた。その彼氏がかなり束縛系というか、ヤンデレって奴でな、あんなにたくさんいる教師と深く関わらせないようにしていた。だから、このボールペン以外に彼がいた証は書類にしかない」 「そんなことがあったんですね、知りませんでした。翔馬さんについてまた一つ詳しくなれました。じゃあ、そのお礼に、こちらも教えてあげます。実は俺、赤坂とはよくキスをする仲でした。幼なじみでいて婚約者。翔馬さんに出会うまではそれをただただ受け入れ、赤坂にはキスまでしていたんですよ。でも、あなたに出会ってからは、それを受け入れるのをやめにしました」 「へえ、さすが金持ちだな」 「あまり驚かないんですね」 「まあ、そりゃ、お前が金持ちの息子ならそういうのあるだろうなって予想はしてた」 「あら、そうでしたか」  すっかり機嫌を直した健二。俺はしばし雑談を楽しんだ。 * 速水 健二視点 「赤坂、どういうことだ。翔馬さんが片想いしてた、って──」 『真夜中に人を叩き起こして……開口一番にそれ? 』 「それはすまないと思っている、でも教えてくれ。何でその情報は無かったんだ? 」 『はいはい。そうね……教えるの忘れていたけど、有働隼人については学校で箝口令がひかれているっぽいのよ』 「は? 」 『先生が片想いしていた相手って有働隼人のことでしょう? こっそりと元図書館司書の先生が教えてくれたわ。ただね、こうも言っていた。有働隼人先生は学校で揉め事を起こして半ば強制的に辞めさせられた、って。しかも3月になってすぐ理事長直々に彼についての箝口令を出されたそうよ』 「……翔馬さんはその有働が元既婚者でヤンデレな彼氏と付き合い出したと言っていたが、何か関係が? 」 『あるんじゃない? あー、眠い……もう切っていい? 』 「あ、ああ……悪かった」  翔馬さんを抱き潰した後の真夜中。ふと気になり、赤坂に電話した。そしたらそんな返答があった。  翔馬さんについては、園田さん以外にも色々聞いて回った。大抵はあまり知らないだの、実は甘党だの、といったわずかな情報しか得られなかった。当然だが、有働隼人という先生については一切話されなかった。  明日、寮の管理人さんにでも聞いてみよう。 *  翌朝。すやすや眠る翔馬さんの朝ごはんを作り起きし、学校へと出向く。グラウンドでは部活生が朝早くから活動しているようだ。  寮の管理人室に着き、中に入る。以前大金を渡したおかげか、満面の笑みで出迎えてくれた。 「どうしたんです、生徒会長。もう寮に用は無いでしょうに」 「いえ、今日はあなたに尋ねたいことがあるんです」 「は? 」 「有働隼人という先生についてです」 「──何で知ってるんですか。まさか、3年生に聞きました? 」 「いえ、黒瀬先生に聞きました」 「はあ……。いくら生徒会長とはいえ、あまり話したくないことなんですけど、仕方ないですね……」 「お願いします」  管理人が話し始めたのは、衝撃的なことだった。 「2月の終わり頃、有働先生は離婚したはずの奥さんと電話越しに揉めていました。そのせいもあってか、授業は度々交代してもらったりして……。彼ね、国語教師なんです。だから当然授業日数も多い。ある日、代理で入った先生が理事長に直接抗議しました。それで理事長は彼を解雇し、新たに別の教師を雇うことになりました」 「揉め事を起こしたと聞いたのですが……」 「ああ、それ、宮村先生ですよ。ただね、理事長にはなぜか有働先生の仕業だと歪曲して伝わったんです。ちなみに宮村先生は申し訳ない、と自ら辞めましたよ」 「……そうですか」 「あ、話したことは内緒ですからね。理事長にバレたらクビにされてしまう」 「やっぱり箝口令があるのですね。わかってますよ。はい、お礼です」 「分かってるね、生徒会長」  10万程を渡し、後にする。──この事実は、胸に秘めておこう。

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