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「……僕が抱いてほしいと言わなかったら、連れて帰ってくれてた?」
畳に落ちた二人の陰に、理津は視線を落とす。
父は母の行き過ぎた躾を知っていた。それでも見て見ぬふりをしていた。姑が嫁いびりしているのすら我関せずなのだから、最初っから頼れる人ではなかったのだ。
学校が終われば、家の手伝いをさせられた。案の定、友達は出来ない。誘われても断るような奴を仲間に入れるほど、周りはお人好しではなかった。
どこを見渡しても、味方などいなかった。逃げ出してくても、逃げ出せるような経済力も行動力もない。
理津にとって、毎日が地獄の日々だった。
そんな時、一本の蜘蛛の糸を垂らしたのが佳孝だった。わざわざ車で三時間もかかるこの場所まで、様子を見に来てくれたのだ。次第に理津の中で、佳孝は何としてでも繋ぎ止めておきたい存在に変わった。
高一の冬。理津は様子を見に来た佳孝を、自分の部屋へと誘った。
叩かれた傷が痛むから、見てほしい――
理津はそう言って、佳孝の眼の前で一枚一枚着物を脱いでいく。
寒いし、凄く痛い……佳孝さん。助けて――
そう言って、自ら佳孝にしなだれかかった。
最初は躊躇していた佳孝も、結局は涙を流す理津に根負けして流された。
「連れて帰りたい気持ちは、今でも変わらない。でも、そう簡単な話じゃないことぐらい、理津も分かるだろう?」
慰めるように、優しいトーンで佳孝が言った。
「……分かってる」
わがままを言えば言うほど、きっと佳孝のここに来る足はどんどん遠のいていくだろう。
一年が、二年。二年が三年――もしくは、もうここには顔を出さないかもしれない。
恐ろしい妄想に取り憑かれ、理津は震える唇で何度もごめんなさいと繰り返した。
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