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「何言ってんのよ。予約もせずに突然来て、部屋を貸してくれだなんて言った分際のくせして。それに香苗さんも連れてきやしない」
「わかったから……いつかは香苗も連れてくるから」
「いつかって……いつの事よ!」
男の人ってみんなそう。そう言って、母は苛立ったように唇をキッと噛んだ。
佳孝の言葉が母を宥めるうわべだけの言葉だったとしても、理津の胸には雪のようにどんどんと嫉妬が沈殿していた。
「じゃあ、行くから」
そう言って、佳孝が運転席のドアを開ける。そこでふと、理津を見て「そうだ!」と声を上げた。何かに気がついたように、佳孝が目を見開く。
「今度は、理津くんが僕のところにおいで」
「えっ?」
「お小遣いあげるからさ。こっちに遊びに来なよ」
理津は思わず呆気に取られた。
佳孝の暮らしている領域に、自ら足を運ぶ――
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
「ちょっと、あんた! なに勝手なことを――」
「良いの? 行っても?」
母の言葉を遮るように、理津は一歩前に出た。
「ああ、もちろんだよ。なんで今までそう言ってあげなかったんだろう……こっちに来る時は、いつでも連絡して。駅まで迎えに行くから」
佳孝は嬉しそうに、笑みを浮かべた。
自分の足でここを出るだなんて、今まで思いもしなかった。でもそれは、自分には行く宛がなかったからだ。それを今は、佳孝が自分を導いてくれている。
自分はその新たな蜘蛛の糸を――佳孝が垂らしてくれている糸を、掴まないわけにはいかない。
たとえその先が、極楽ではなく、地獄だったとしても――
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