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prelude2
「…どうだ?…これがこの曲に対する最高の解釈の仕方だと俺は思うんだけどな」
最後の音が鳴り終わって暫くした後、振り向き様に問われた。
でも、ついさっきまでの圧倒的な音が耳にこびりついてしまった俺には、すぐに言葉を返すことができない。
そんな俺に気付いた木崎さんは、フっと笑いを零すと椅子から立ちあがって目の前まで歩み寄ってきた。
「なんだ…、そんなに俺の音が良かったのか。魂が抜けたような面して」
そのからかうような口調と表情にハっと我に返った。
「魂が抜けるまでにはまだ程遠いですよ。しっかり体に根付いてますからそう簡単には抜けません」
聴きいってしまった事を悟らせない為にワザと憎まれ口をたたいてしまったけど、実際は魂が抜けそうな思いを味わっていた。
そして、それと同時に悔しさも…。
首席と4番目ではこうも違ってしまうのか。木崎さんのような音が出せない自分が悔しくてしょうがない。
そんな俺の気持ちがわかったのか、唐突に頭を撫でられた。
…撫でられたというより、髪の毛をグシャグシャにされた、という方が正しかったが。
「お前…、なんか変な事思ってないか?」
「変な事なんて思ってません。…ただ…、俺は木崎さんみたいな音は出せないって…、悔しかっただけです」
そう答えると、何故か深い溜息を吐かれた。
「それが変な事だって言ってんだよ。お前は俺のコピーになりたくてこの学院に来たのか?違うだろ。俺と同じ音が出せたってしょうがないんだよ。お前はお前の音を出せ。それを探し出す為にここに来たんだろ?」
「…あ…」
頭をガツンとぶん殴られたような衝撃を感じた。
”他人の物真似じゃない、自分の音楽を確立させろ”
木崎さんが言っているのはそういう事。
そんな事頭ではわかっていたハズなのに、実際にはわかっていなかった自分に気づかされて情けなくなった。
そもそも、こんな甘ったれた考えだからいつまでたっても4番の位置から抜け出せないんだ。
馬鹿な自分が、悔しくて悔しくてしょうがない。
「ヘコんでる暇があるならこの曲の事を一から勉強し直せ。…っていうより、まさかお前、恋愛した事がないからわからないとか言わないよな?」
「…は?!…なっ…にを訳のわからない事を!そんなの今は関係ないでしょう!」
ニヤニヤ笑いながら言う相手の言葉に、顔がカーっと熱くなった。
言われた事が図星だったからだ。
俺は、高一の今になっても誰かに恋をした事がない。
ドキドキしたり、ワクワクしたり、ましてや嫉妬で苦しむなんて事は想像すら出来ない。
でも、だからと言ってそんなの関係ないだろ?!
相手がピアノ科の首席で、尚且つ音楽科の生徒会長だからと言って、屈辱を大人しく甘んじて受けるつもりは毛頭無い。
「関係ない訳ないだろ。恋をした事がない奴が、こんな情熱的な恋を表す曲を理解出来るとは到底思えないからな」
「…そ…!…れは…、そうかも…しれないですけど…」
相手の言っている事が間違っていないだけに、反論も出来ない。
最初の勢いは失速し、言葉尻をうやむやにして俯いた。というより顔を背けた。
意地悪く笑っている木崎さんの顔なんて見たくもない。腹が立つだけだ。
だが、そうやっていられたのもほんの僅かな時間だった。
近づいてきた手が顎先に伸び、その長く男らしい人差し指でクイっと顔を持ち上げられる。
否が応でも見ざるを得なくなった木崎さんの顔は、やはり楽しげに笑んでいた。
「恋がまだなら、俺に恋してみるか?」
「…は…い…?」
顔を上げさせられた直後に耳に入ったのは、理解出来かねる日本語だった。
俺に恋してみるか…って…、俺って、誰…?
数秒後。脳を一巡りした言葉が、ようやく意味をなして形となる。途端に顔が熱くなった。
茫然とした後に発火した俺の顔を見た木崎さんは、堪え切れない様子で肩を震わし、喉奥で笑いをかみ殺している。
つくづく腹立たしい。
「お前、曲の解釈も出来なけりゃ日本語も理解できないのかよ。恋愛音痴のお前に、懇切丁寧にその楽しさを教えてやろうか?って言ってんのに」
「…木崎さん、とりあえず蹴ってもいいですか?」
最終的に俺の口から出たのはその一言だった。
なんといっても、手は音楽を奏でるのにとても大切な部分だ。殴りたくても殴る事は出来ない。だからこそ、攻撃手段は手じゃなくて足。
「蹴られて喜ぶようなマゾじゃねぇよ俺は。…まぁ、お前だったらいつでも恋愛指南役を受け付けてやるから、遠慮なく言ってこい」
「死んでもありえません」
「相変わらず可愛い態度だな」
「それはどうも有難うございます」
顔だけ見ればお互いに微笑み合い、まるで本当に愛の言葉を囁いているようにしか見えないだろうけれど、放たれている言葉はこれ以上ない程に辛辣。
暫しの間お互いに一歩も引かず見つめ合い、きっとこのままだと永遠に見つめ合ったままだろうという状態を打ち破ったのは、携帯にセットしてあったアラームの音だった。
「………時間ですね」
「あぁ」
そのアラームは、練習室を使用する時間のタイムリミットを知らせるもの。
次にこの練習室を使用する生徒がいる為、ここでグダグダとしている事はできない。
ようやく流れ出した時間と共に、二人は無言のまま散らばった楽譜を片付けるべく早々に動き出した。
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