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prelude3
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奏華学院の音楽科は、ピアノ・ヴァイオリン・声楽の3科に分かれている。
学生であるからには一般教科も確実に勉強しなくてはならない為、授業数の問題から指揮や作曲、その他の科は省かれ、その方面を目指している者はとりあえず皆ピアノ科に籍を置く事になっている。
必然的にピアノ科の人数は多く、そのトップ争いも熾烈を極めるものとなっていた。
ピアノ科のトップ=音楽科全体のトップ。という事で、現在トップを独走している木崎皇志は一年の秋から音楽科の生徒会長を務め、その副会長には、木崎と同学年のヴァイオリン科トップである棗彼方 が就いていた。
この二人は中等部の頃からセットで会長・副会長を務めていた事もあり、一年の秋にその重い役に就任した時も、周囲から能力を危ぶむ声は一切上がらなかった。
先輩達を押し退けてこの位置にいるというだけで、二人の実力も推して図り知れるというもの。
二年となったこの秋も、もちろん2人が二期連続でその役を担うだろうと言われている。
「皇志~、まだ響ちゃん首を縦に振ってくれないわけ?」
「アイツは無理だ、諦めろ」
「そんな事言ったって僕はあの子が欲しい」
「花一匁じゃねぇんだよ。ガキみたいな事言ってんな」
放課後の音楽科生徒会室。
趣のあるどっしりとした会長専用デスクに着いている木崎に、緩い口調の生徒が一人、駄々をこねるように食い下がっていた。
応接用のソファに座っている為わかりづらいが、木崎よりやや低いとはいえ、同じくらいの高身長を持つ男。
天使の輪が出来るくらいに綺麗なストレートの髪はハニーブロンドで、まるで女の子のように背中の半ば程まで伸ばされている。
かといって、女性らしいかと言うとそれは全く違う。
カラコンを入れている為に金の光彩を放つ瞳は、猫目な分だけ怪しさ倍増。
ヴァイオリン科のトップであり音楽科副会長でもある、棗彼方、その人だ。
柔らか過ぎず硬過ぎない、絶妙の座り心地を提供してくれるソファに深々と腰掛けて悠然と足を組むその姿は、どこからどう見ても優等生とは程遠い。
良く言ってお坊ちゃま。見たそのままを言えば放蕩息子。
「あの子が僕の補佐に付いてくれたら、これまで以上に頑張れるってのに…」
「いなくてもしっかりやれ」
いつまでもブチブチと愚痴り続ける棗にいい加減苛立ちを覚えたのか、それまで手元の資料に視線を落としていた木崎が、その顔を上げてジロリと睨んだ。
それを見た棗の頬がプクっと膨れる。
可愛らしい女の子がやれば微笑ましいその拗ねた表情も、王子様的容貌を持つ棗がやっても効果は全くと言っていい程ない。
案の定、木崎の顔には呆れまで追加されてしまった。
「…アイツの人見知りが激しいのはお前だってわかってんだろ。煩く言って、そのうち存在自体を無視されるようになっても知らねぇからな」
木崎の言葉は誇張でもなんでもなく、湊響也ならやりかねない行動なだけに、棗の顔が僅かに青ざめる。
「くだらない事を言ってる前に、早くお前の仕事を片付けろ。これじゃいつまでたっても帰れねぇ」
「ハイハイ」
腐っても棗は副会長。動き出せばその手腕はかなりのもの。
木崎に愚痴るのも飽きたのか、今度こそ重い腰を上げて自分のデスクに向かう棗であった。
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