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prelude4

§・・§・・§・・§ 昼休み。 午前の部4時限の一般授業が終われば、午後の2時限は専門学科の授業となる。 午前の4時限よりも午後の2時限の方が確実に体力を削られる事を理解している生徒達は、ここぞとばかりに羽根を伸ばし始める。 本来なら、昼食を大量に食べたいお年頃。だが、音楽科だけはそれを許されていない。 あまり食べ過ぎて満腹にしてしまうと、午後の授業に差し障りが出るからだ。 ピアノ科やヴァイオリン科はまだ厳しくはないが、声楽科に関しては満腹状態で授業に出たが最後、教室から追い出されてしまう。 だからこそ音楽科の生徒達の昼休みは、軽食を摘まみながらの雑談に花を咲かせる事となる。 「聞いた? アイツまた会長に指導してもらったんだってー」 「ずるいよな。みんな指導してもらいたいって思ってても、会長の邪魔しちゃ悪いからって我慢してるのに…」 「少しは気をつかってほしいよホント」 教室の前方、扉近くの席からそんな会話がヒソヒソと聞こえてきた。 4人で固まって常に誰かの悪口。いつもの事だ。 『気をつかってる』が聞いて呆れる。 そんな嫌味を言っている暇があるなら、音楽理論の本でも読んで少しは木崎さん達に近づけるように努力すればいい。 そう思っても、面倒臭くて文句を言う気にもなれないけど…。 「湊くん。あんなの気にしない方がいいよ」 「そうだよ。アイツらなんてキミの足元にも及ばない」 真ん中の列の一番後ろ。その俺の席の近くにいたクラスメイト数人が、愛想笑いを浮かべてそんな事を言ってきた。 「それはどうも」 明らかに本心からの言葉じゃないとわかるのに、笑顔でお礼なんて言えない。 仏頂面での返しになったが、結局彼らは、俺からどんな態度が返ってきても気にしないだろう。 好意の向けられている先は、俺にじゃなくて俺の持つ『ピアノ科4番』の肩書に、だ。 ピアノ科の1・6番は二年生、2・3番は三年生。 それを考えれば、4番にいる俺は一年の中でトップという事になる。 だからこそ、俺に対する周囲の反応は真っ二つに割れていた。 『湊響也なんて大したことない。上に媚を売るのが上手いだけだ』 『湊響也は凄い。彼の周囲にいればきっと自分も注目されるはず』 前者のように悪口を言いふらす者。そして後者のように媚びてくる者。 どっちもゴメンだ。 音楽にそんな人間関係なんて必要ない。 中等部の頃から毎日毎日、飽きもせずに繰り返される同じやりとりに、深い溜息が零れ出る。 音楽をやりたいからこの学校を選んだのに、余計な雑音が多過ぎてさすがに嫌気がさす。 こんな教室で長々と寛げるわけがない。 早々に練習室へ向かおうと、楽譜その他諸々を抱えて席から立ち上がった。 「メシ、食わないのか?」 「………え?」 歩き出そうとした俺の目の前に立ち塞がる人影。 斜め下に向けていた視線を上げると、クラスメイトでありピアノ科で5番の肩書を持つ都築春臣(つづきはるおみ)が、いつもの如く大きな一重の目を眠そうに細めて立っていた。 身長はほとんど変わらず、…都築の方が少しだけ高いか? 茶髪のソフトモヒカンとクールな性格が、周囲に人を寄せ付けない孤高の空気を醸し出している。 4番と5番という事で俺と同じような立場にいるはずなのに、誰も都築に関しては何も言わない。 というより言えないのだろう、…怖くて。 いつも、不機嫌そうにクラスメイトを睥睨するような目付きで見ている都築。 誰かとつるむ事もなく、他人に関わらないようにしている彼だが、何故か俺に対してだけは違った。 時折、何の拍子にか、こうやってポツリポツリと話しかけてくる事がある。 他のクラスメイトのようにイヤな感じが全くしない、この学校では珍しいくらいに裏心のない言葉を投げかけてくれる都築には、俺も構えず話をする事が出来た。 「ちょっと、ここだとね」 感の鋭い相手は、その一言で全てを察したらしい。 教室内に視線を巡らせてクラスメイト達を見、フッと鼻先で笑ったあげく俺の肩をポンっと軽く叩いて、 「馬鹿は相手にすんな」 そう言って自分はさっさと教室を出て行ってしまった。 いつ話しても見習いたいくらいにさっぱりとした男前な性格に、思わず口元が緩んでしまったのは仕方がないだろう。 「はいストップ」 俺が弾いている姿を斜め後ろから見守っていた佐藤先生が、パンっと手を打ち鳴らした。 今のどこがまずかったのか…。 自分ではかなり纏まった感じで弾けていると思っていたのに、途中で止められたという事は問題があったのだろう。 午後の授業でピアノ練習室に入ってから10分。 あと10分もすれば、同じ班を組んでいる次の生徒に代わらなければいけない。 グランドピアノと俺と、そして先生。その数メートル離れた後方の壁際に、4人の生徒が椅子に座って大人しく待っていた。 誰も口を開かないが、それぞれの目が雄弁に心境を語っている。 『ミスを見つけてやる。間違えたら笑ってやる』 と。 だが、そんな視線を気にしていては人前でピアノを弾く事は出来ない。レッスンなんて以ての外だ。 「特にミスをしたつもりはありませんが」 鍵盤から手を離して先生を振り向くと、そこにあったのは厳しい中にも優しさが見える暖かな表情だった。 座っていた椅子から立ち上がって真横に来る。 「湊君は、この作曲家がどの国でこの曲を書いたか知っていますか?そしてその情景を想像した事は?」 「え?…情景は、雨、ですよね」 てっきりミスタッチか何かがあって注意を受けたと思ったのに、実際に先生の口から放たれたのは思いもよらない言葉だった。 思わず目を瞬かせてしまう。 俺が注意を受けると思っていたらしい他の生徒達も、意地悪い笑みから一転、突然の先生の言葉に首を傾げている。

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