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sonata5

この人、かなり厄介なタイプだ。出来れば関わりたくない。 …もう無理だけど…。 こぼれ落ちそうになった溜息を直前で飲み込む。色々と飲みこみ過ぎて消化不良を起こしそうだ。 「校内で出回っている噂が、実際のものとは全く違うという事だな?」 「はい、そうです。噂されているような事は一切ありません」 御厨先輩の目を見てきっぱり言い切った瞬間、その片眉がピクリと引き上がった。 今度はなんだよ。もう心臓が痛い。寿命が縮む。 そしてゆっくりと開かれた唇からは、 「そうか」 たった一言、それだけだった。 何を言われるのか構えていただけに、脱力しそうになる。頼むから勿体ぶった反応をしないでほしい。 その時、突然背後の扉が開かれた。 「お邪魔するよー、脩平」 場違いに明るい声が響き渡り、途端に目の前にいる御厨先輩の眉間のシワがグッと深くなる。 まぁそうなる気持ちもわかる。 振り向かないまでも、声だけで入室者の判別がついた俺も微妙な顔になってしまったのだから。 「入室許可を与えた覚えはないが?棗。……そして木崎」 「え?」 棗先輩だけじゃなかったんだ…。 最後に聞こえた名に、つい反射的に振り向いてしまった。 開けられた扉から室内に入ってきた人影は二つ。 相変わらずハニーブロンドの髪を背に流して緩い笑みを浮かべている棗先輩と、こちらも変わらず日本人離れした顔と冷めた表情の木崎さん。 棗先輩は「ハロー」なんて言いながら片手をヒラヒラ振っているけれど、木崎さんは俺がいる事を知りながらもこっちに一切視線を向けてこない。ひたすら御厨先輩を見ている。 そして御厨先輩も木崎さんを見ている。 棗先輩は、そんな二人を面白そうに眺めているだけ。 「…それで?コイツを呼び出して、事の真相は解明できたのか」 俺の横に立った木崎さんが、両手を机の上に着いて前屈みになり、御厨先輩を威嚇するように言葉を放った。 俺だったら、こんな表情と眼差しで話しかけられたら、即座に回れ右をしている。 だが、さすが風紀委員長。そんな木崎さんを目の前にしても顔色一つ変えない。 「音楽科のトップだという自覚があるのなら、その派手な外見を改めたらどうだ?」 「さすが風紀委員長様。人を外見だけで判断するわけか」 「心の在り様は外見に表れるという事実を知らないのか」 「勝手な事実を作ってんなよ。グダグダ言ってないで、話が終わったのならコイツを返してもらおうか」 言い終わると同時に、木崎さんが俺の腕をガシッと掴んできた。 そこでやっと、自分の存在が木崎さんに認識されていたんだなとわかる。 それまでは本当に1ミリ足りともこちらを見る事をしなかったせいで、もしかして俺の事見えてない? なんて結構本気で危ぶんでいただけに、少しホッとした。 ……ホッとしたって…、なにそれ。 自然と湧き起こった感情に、自分でも思わず首を傾げる。 木崎さんと対面してホッとするなんて事はありえない。御厨先輩とのやりとりで疲労した脳が、どこかで誤作動を起こしたんだろう。 そんなふうに自分に言い聞かせていると、いつの間に話が終わっていたのか、掴まれていた腕を容赦なくグイっと引っ張られた。 「ちょっ…なに、木崎さん」 「ボーっとしてんな、行くぞ」 「行くって…、え?」 引きずられる俺の事なんて気にも留めずに、さっさと歩きだす俺様会長。 何がなんだかわからずに歩き出しながら振り返ると、無表情の御厨先輩に向かって「じゃあねぇー」なんて手を振る棗先輩の姿が視界に入った。 あの風紀委員長に笑顔で手を振れる棗先輩の神経が、いかに図太いかがよくわかる。 風紀委員会の部屋を出てすぐ、御厨先輩に対して失礼しますも何も言わずに出てきてしまった事に気が付いて焦ったけれど、もう後の祭りだった。 【生徒会室】 開けられた扉のプレートにはそう記されている。 今日は厄日かもしれない。 学校内でも花形とされる風紀委員会の部屋と生徒会の部屋を、相次いで訪れる事になろうとは…。 音楽科の上位者で占められているこの両委員会。お近づきになりたいと思っている生徒は山ほどいるはずだ。 でも、俺はその“山ほど”からは外れている。できれば関わりたくない、というのが本音。 「そんなとこに突っ立ってないで、中に入れよ」 入りたくないという意思表示をする為に扉前から動かずにいたのに、そんな事などお構いなしの木崎さんは、振り向き様に不機嫌そうな声でそう言った。 こういう時の木崎さんに逆らってもいい事はひとつも無いとわかっているだけに、渋る気持ちを諦めに変えて室内へと足を踏み入れる。 「皇志機嫌が悪いから気をつけてね」 最後に入ってきた棗先輩が、耳元でそんな事を囁いて通り過ぎていった。 どうせなら、どう気をつければいいかのアドバイスが欲しい。いやそれよりも先輩がどうにかしてくれ。

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