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sonata6

生徒会室には、教員やその他の客人が訪れる事もあり、しっかりとした応接セットが設置されている。 そして今そのソファには、この部屋の長である木崎皇志が身を投げ出すようにして座っていた。 棗先輩に教えてもらうまでもなく、不機嫌だという事が伝わってくるその姿。 入ってすぐの所で立ち止まっていると、また棗先輩が戻ってきて背中を押してきた。 「ほらほら、早くそこに座る!」 グイグイ押されて辿り着いたのは、応接用ソファ。木崎さんの真正面。 今度は肩を下に押されて、無理やり座らされる。これじゃまるで棗先輩に操られているマリオネットだ。 その棗先輩本人も一緒にソファへ座る、と思いきや。 「それじゃ、お2人ともごゆっくり~」 扉に向かいながら手を振っているではないか。 不機嫌な木崎さんと二人きりにされるなんて冗談じゃない。 「な…、棗先輩?」 「今度は僕と二人きりになってね」 「いえ、そうじゃなくて、」 俺の言葉なんて全く聞く気がないらしい。言いたい事だけ言った棗先輩は、俺達二人を残してさっさと一人だけ出て行ってしまった。 「………」 「………」 痛い沈黙。 棗先輩の出て行った扉を茫然と見ていたが、正面から突き刺さる強烈な視線に気付いてしまえば無視もできず…。 「…木崎さん。怒るのはやめて下さい」 「怒ってねぇよ」 …いや、怒ってるよ確実に。 真向かいに座る木崎さんは、背もたれに深く寄りかかりながらその僅かにタレ目がちな双眸を不機嫌そうに眇めている。 タレ目がちなのに眉が吊り上がり気味なせいで、どこかしら冷めた印象を与える顔。 造作が整っている分だけ、冷たさが強調されている。 そんな顔で睨まれたら、いくら俺でもそう簡単に悪態は吐けない。 居心地の悪い沈黙が流れる中、暫くしてそれを破ったのは木崎さんの方だった。 「御厨に何を聞かれた。」 床に落としていた視線を上げると、ここに来た当初よりは幾分か穏やかになった木崎さんと目が合う。どうやら本気で怒っていたわけではないらしい。 「…御厨先輩は、噂の内容が真実なのかどうか、それを知りたかったみたいです。もし真実なら、音楽科の威信を傷つける者として排除されたでしょうね」 あの御厨先輩の感情がこもっていない冷徹な眼差しを思い出すと、今でも緊張する。 伊達に風紀委員長の座に就いているわけではないという事が、よくわかった。 本来ならその座には、声楽科トップである三年の生徒が就くはずだったが…。その本人がちょっと風変わりな為に、次席である御厨先輩が任されたというのは誰もが知っている話。 「その言い方だと、あの噂は事実ではないって事だな?」 溜息混じりにそう言った木崎さんに、ハッキリ頷いた あの噂に少しでも真実があったのなら、こんな風に堂々と肯定する事は出来なかっただろう。 けれど、今流されている噂は100%嘘だ。自分に自信を持って違うと言い切れる。 揺るがない俺の胸の内が伝わったのか、そこでようやく木崎さんの表情がいつものものに戻った。 「くだらねぇな。そんなのに振り回されて御厨に目ぇ付けられてりゃ世話ないぜ、まったく」 「俺にだって何がなんだかわからなかったんですから、しょうがないじゃないですか。気付いたら勝手に変な話が出来上がってるし」 ムッとしてそう言い返すと、思いっきり笑われた。 これはこれで腹が立つけれど、さっきまでの不機嫌な木崎さんよりまだマシだ。 だが、空気が和んだ事にホッとしていたのも束の間、面倒臭そうに前髪をグシャグシャにかき乱した木崎さんは、やや真剣な表情を向けてきた。 「それで?噂が立つって事は、そもそもの原因があったんだろ?そいつをとっとと白状しろ」 「白状って…」 俺は凶悪犯ですか…。 相変わらずの俺様ぶりに泣きたくなってくる。 数日前の事を思い出し、脳裏に蘇ったのは普通科の生徒。 ここで原因となった出来事を話して、あの人に迷惑がかからなければいいけど…。 さすがに木崎さん相手に黙秘をするつもりはなく、淡々と話し始めた。 「……――って、後は別に何もなく一般棟を出ました」 これだけです。と、あの時にあった事を包み隠さず全て話した。 誰にも話さず胸の内に秘めていた物を曝け出した事で、気が抜けるような脱力感を味わう。 ほら、特に問題は無いでしょう? そう言いたかったけれど、木崎さんの眉間に深い皺が寄った事に気がついて言葉を飲み込む。 今の話に何か問題があったのか? 渋い表情を浮かべる意味がわからず、その顔を凝視していると、 「…武道をやってそうな雰囲気の黒髪の男…か…」 そうポツリと呟かれた。 あの時の生徒に何か問題でもあるのだろうか 木崎さんには何か思い当たる節があるらしく、顎先に指を当てて考えこんでいる。 「木崎さん。もしかしてその人の事を知ってるんですか?」 「…ん…、イヤ…わからない」 俺の問い掛けにハッと我に返ったのか、瞬時にいつもの様子に戻った。 大仰な仕草で足を組み、唇を笑みの形に引き上げる。 「とにかく、俺達の方でその真実を伝えて、勝手な噂を捏造するなと全員に釘を差しておく。暫くすれば騒ぎも収まるだろ。お前も、上位で目立ってんだから少しは行動を自重しろ」 「…はい、すみませんでした」 結局、騒動に関係のない木崎さんと棗先輩に事態の収拾を任せてしまう事になってしまった。 元はと言えば俺が引き起こした問題なのに、最終的に木崎さん達に皺寄せが行く。 これにはさすがに申し訳なくなった。 下げた頭を上げられないでいると、大きな手にグシャリと髪を撫でられる。 俺様で自信家で口が悪くて態度もでかい。なのに、俺がこの人を嫌いになれないのは何故か。 それは、いちばん重要な時に示されるこの優しさのせいだ。 “気にするな” そう言われているような手つきと、無造作で優しい暖かさ。 頭を撫でられ、俯いていた先で緩んだ俺の表情は、たぶん木崎さんからは見えなかったはずだ。

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