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sonata7
§・・§・・§・・§
翌日から、明らかに周囲の態度が変わった。…というより元に戻った。
それでもなんとなく気に入らなそうな視線を向けてくる者もチラホラ見受けられるけれど、昨日までのそれとは比べ物にならないくらいに少なく控えめ。
言葉通り、木崎さん達がなんらかのアクションを起こしてくれたのだろう。
数日振りに、何の問題もなく午前の授業を終えた昼休み。いつもと同じく教室を出た。
周囲からの圧迫感がなくなった事でホッとしたのか、珍しく空腹感がある。
廊下を歩く生徒達の波を辿れば、行きつく先は食堂。
人の視線が煩わしくて、食堂に行った事なんて中学からのこの3年強で15回あるかないか。
たまにはまともに食べるのも悪くない。
そんな思いと共に食堂へ足を向けた。
「あっ」
食堂の入口ですれ違った生徒の一人が、突然小さな声を上げた。
反射的に声のした方を見ると、やや背の低い華奢な生徒が、こっちを見て目を見開いている。
その様子からして、さっきの「あっ」は、俺に向けてのものだという事がわかった。
また何か言われるのか?…とも思ったが、何やら様子がおかしい。
目が合った時から、徐々に赤く染まっていく頬。ボーっと見惚れるような眼差し。
思わず立ち止まってしまったけど、何かを言う様子もない事から、もう放っておこう…と気にせず食堂の中へ足を踏み入れた。
食券機でピラフセットのチケットを買い、カウンターへ行ってそれを中にいる年配の女性に渡す。
作られてある物を盛りつけるだけだから、そう待たされずすぐに手渡された。
食堂内はかなり広く、白いクロスの掛けられた長テーブルがいくつも並んでいる。
校内であれば食事はどこで食べてもいいという自由な校風の為、昼時と言えどもここが満席になる事はほぼない。
見渡した先では、窓際に空席が多い。
考えるまでもなく、トレーを持ってそちらへ向かった。
まだ梅雨の気配もない空は気持ちが良いくらいに晴天で、窓ガラス越しとはいえ、見ているだけでその爽やかさが伝わってくる。
ご飯の美味しさも相俟って、なんだか妙にほのぼのする。
久しぶりに食堂に来て良かったかもしれない…。
そんな事を思ってピラフを乗せたスプーンを口に入れた時、ノシっと両肩に重みがかかった。
「…ッ…!」
危うくピラフを噴き出すところだった。
無理やり飲みこんでから後ろを振り向くと。
「ハロー」
頭の上に花が咲いていそうな人物が左側に。
「珍しいじゃねぇか」
俺様魔王が右側に。
左右それぞれから俺の肩に片手を置いて立っていた。
「………」
目を眇めてしまったのは条件反射に他ならない。
もちろん木崎さんがそれに気付かないはずもなく。
「なんだよその顔」
「すみません、無意識です」
「ッククククク、響ちゃん最高!」
何故か棗先輩が笑いだす、毎度の光景。
…そう、毎度の目立つ光景、だ。
気が付けば、食堂中の注目を浴びているこの席。
俺に平穏を下さいと溜息を吐いても、叶えてくれる神様なんているわけがない。
すぐに前へ向きなおって食事を再開する事にした。
さっさと食べてさっさとこの場を去ろう。
もちろんそれは、この2人から離れたいという切実なる願いから生まれた行動。
…それなのに…。
「僕が食べさせてあげようか?」
「彼方、お前邪魔なんだよ」
「うわ~っ、こんな酷い男は早く捨てた方がいいよ、響ちゃん」
「…捨てる前に拾った覚えもありません」
両サイドに座られ、尚且つ木崎さんの片腕がガッチリと肩に回されている。
近いです。振り向いたらお互いの頬が当たるんじゃないかというくらいに近いんですけど、木崎さん。
ジロリと横目で右サイドに座る相手を睨んでも、そんなもの痛くも痒くもないとばかりにニヤリと笑われる。
2人を相手にしていたらいつまでたっても食べ終わらない。
それに気付いてからは、両サイドを無視してただひたすら食べる事に意識を集中させた。
「あ~ぁ…、皇志が優しくしないから、響ちゃん行っちゃったよ」
「馬鹿言うな、お前が鬱陶しいからに決まってんだろ」
木崎の腕を振り払って響也が食堂を走り去った後。残された二人は、優雅にコーヒーを飲んでいた。
響也がいなくなった途端、木崎の顔から楽しげな表情は消え去り、いつもの仏頂面に戻っている。
そんな木崎を見た棗は、何が楽しいのかニヤニヤとまるでチェシャ猫のように笑った。
「…なんだよ」
「ん? 何が~?」
「そのヘラヘラした顔をどうにかしろって言ってんだ」
「ふふふ…。だって皇志ってばあからさまなんだもん」
「あからさま? …って何が」
「…え…。もしかして自覚無しさんだったの?! 嘘―っ!」
突然、棗が驚愕の声を上げた。
間近でそれを聞いた木崎は、「うるさい」と眉を顰める。
だが棗は、今までの響也に対する木崎の行動が無意識で行われていたとは思わず、ただひたすら「え~? え~?」と信じられないものでも見るような目付きで木崎を見つめるだけ。
まさか自分の気持ちに気付いてないなんて事は…。
次第に恐ろしいものでも見るような目付きに変わっていく棗にさすがに鬱陶しさを感じたのか、棗の座っている椅子の足を、木崎の長い足がガンッ!と蹴り飛ばした。
「なっ! 何するわけ? この乱暴者!」
「うるせぇんだよ、さっきから」
「自分の事にすら気付いてない鈍感人間には何も言われたくないんですけど~」
「は? 意味わかんねぇ事ばっか言ってんな」
とうとう本気で棗に愛想を尽かしたらしい。立ち上がった木崎は、一人で食堂を出て行ってしまった。
「……あららー…、どうすんのよ一体…」
親友の思わぬ鈍さに気付いてしまった棗は、なかば茫然とした様子で木崎の後ろ姿を見送っていた。
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