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sonata9
§・・§・・§・・§
≪1年Sクラス、湊響也。昼休みに生徒会室まで来るように≫
3時限目の授業が終わったと同時に流れた校内放送。
一瞬だけ教室内がざわめいた。
珍しく真面目な声に、最初は誰なのかわからなかったけれど、今のは副会長である棗彼方の声だ。
…なんとなくイヤな予感がする…。
教室の上部に設置されているスピーカーを、まるで親の敵でも見るかのような眼差しで見つめてしまう。
その時不意に、斜め前の方向から誰かの視線が突き刺さってきた。
また誰かの妬みの視線かと嘆息しながらその主を探すと、それは意外な人物だった。
「都築?」
口の中だけでボソっと呟いたのに、俺が名を呼んだ事がわかったらしい。
都築の目尻が僅かに下がって、軽く肩を竦められた。
その表情から読み取れる言葉は
『災難だな』
の一言だ。
…本当にね。
代われるものなら代わってほしいという視線を送ってみたけれど、案の定それはキレイに無視された。
「起立、礼!」
「「ありがとうございました」」
午前最後の授業が終了。
教師が出ていき、とうとう魔の時間である昼休みがやってきた。
どう考えても良い事じゃないと予想がつくだけに、できれば生徒会室なんかに行きたくない。
でも、行かなかったが最後、もっとひどい目にあう事は予測がつく。
「…ハァ…」
なんとも情けない溜息を吐いて教室を出た。
生徒会室へ向かう足取りは、まるで鉛でも付いていそうなくらいに重い。
擦れ違う他の生徒達の、昼休みを満喫しようという明るい表情とは正反対だ。
廊下を進み、上へ行く為に階段へ向かう。
その曲がり角で、危うくぶつかりそうになってしまった相手がいた。
背は俺と同じくらいか。小綺麗な顔をした大人しそうな生徒。
「あ、すみません」
咄嗟に避けながら謝ると、何故か相手は俺の顔を見た瞬間、グワっという効果音でも付きそうな勢いで顔を赤く染めた。
…なんだ…?
スゴイ反応に思わず立ち止まって相手を凝視している内に、その顔は益々赤くなっていく。
そして、
「あ、あの、あの…、僕の方こそスミマセンっ!頑張って下さい!」
叫ぶように言って走り去ってしまった。
ただし、その途中で手に持っていた教科書を廊下にぶちまけ、あたふたしながら拾い集めるというおまけ付き。
どっちかっていうと、キミの方に頑張れって言った方がいいんじゃないか?
なんとなく可愛らしさを醸し出す様子に自然と顔は綻び、おかげで生徒会室に向かうまでの足取りはだいぶ軽くなった。
一方、響也とぶつかりそうになったあげく、走り去ったはいいが途中で教科書を廊下にばらまいてしまった生徒は、拾い集めた教科書をギュッと抱きしめてもう一度階段の方を振り返った。
残念ながら、そこにもう湊響也の姿はない。
真っ赤な顔に、嬉しさと、もう少し話したかった、という願いが混ざった表情を浮かべる。
響也本人だけは気がついていないが、校内には結構な数の響也ファンが存在している。
上位者で頑張り屋、そしてそれを鼻にかける事もなく容姿も端正。とくれば、ファンが付いて当たり前。
ただし、他の上位者につくファンと比べて、響也のファンは大人しく礼儀正しい人物が多い。
その為、一見ファンなどいないように見えてしまうのだ。
自分の事に鈍い響也が、その存在に気がつかなくても無理はない。
立ち止まったまま、先ほどの曲がり角をボーっと見つめていた生徒は、後から追ってきた友人の声に気がつくと興奮したようにその友人に詰め寄り、さっきの出来事を事細かに報告したのであった。
「失礼します」
生徒会室の扉をノックし、それを引き開けた。
途端、中にいる4対の目が一斉にこちらを向く。
思わず「失礼しました」と開けたばかりの扉を閉めようとした自分を、グッと堪えて踏みとどまった。
生徒会長の木崎さん、副会長の棗先輩、風紀委員長の御厨先輩。そして生徒会顧問教師の紅林龍 先生。
紅林は大学時代に指揮者として学んだ人物だが、何故か奏華学院を気に入ったらしく、その道には進まずここで教師として腕を奮っている。
柔らかそうな緩い癖のある黒髪はボブに整えられ、顔立ちも柔和な為に、背が180㎝前後あるにも関わらずあまり威圧感を感じさせない。
27歳という若さだが、穏やかな性格と柔らかな物言い、そして人を纏める力があるという事で音楽科生徒会顧問に大抜擢された。
そんな紅林先生を含めて、音楽科の主要人物が4人。
これで帰りたくならない方がおかしい。
背後でカチャンと響いた扉の閉じる音が、嫌な予感を増幅させた。
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