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sonata15
視線を合わせているのが辛くなって、顔を逸らした。
「俺が普通科の人と親しくしていると、問題になるんです。それが結局は音楽科全体への迷惑になる。…それに藤堂会長の方でも、音楽科の生徒と親しくしているのは問題になるんじゃないですか? 初めから問題になるとわかっているなら、関わらない方がお互いの為だと思うんです」
俺でさえあんな騒動になるくらいだ。普通科で絶大な人気があるという藤堂さんが音楽科の生徒と親しくしているなんて噂が出てしまったら、藤堂さんの立場も危うくなってしまうのではないだろうか。
この人にまで迷惑をかけたくない。
嫌っている訳でもない相手を突き放そうとするなんて、自分はいったい何をやってるんだと歯噛みしたい思いに駆られるけれど、こればかりはどうにもならない。
「それだけです。だから俺はもう行きます。…手、離して下さい」
言いながら、右手を自分に引き寄せようとした。それなのに藤堂さんの腕は離れないどころか、尚更強く掴んでくる。
「…ッ…藤堂会長!」
ギリっと締まる手首に思わず声を張り上げた。
その声で、俺が音楽科の生徒だと思い出したらしく、離されないまでも力は弱まる。
「すまない」
「…いえ」
本当は立ち上がろうとしたのに、相手の瞳の中に何か言いたげな光を見つけてしまえば、それも出来なくなってしまった。
拘束を解こうとしていた手から力を抜くと、とりあえずこの場に留まろうと思った俺の意思が伝わったようで、藤堂さんからホッとしたような気配が伝わってくる。
「…前にも言ったが、湊が音楽科の生徒だからといって差別をするつもりはない」
「藤堂会長…」
「それに、ここに来たのはなんとなくだと言ったが、本当のところは、ここに来れば湊に会えるかもしれないという気持ちがあった」
「え?」
藤堂さんの言葉に驚いて横を振り向くと、ずっとこっちを見ていたのか、真っ直ぐで歪みのない綺麗な眼差しとぶつかった。
「もっと話をしてみたいと思ったんだが…、それはお前にとって迷惑か?」
「あ…、え…っと…、あの…」
なんてストレートな言葉。
真面目にこんな事を言われたのは初めてで、気恥かしさに顔が熱くなる。
どういう顔をしたらいいのかわからず、とりあえず俯いた。
「俺自身は、迷惑だとは思いません。でも、周囲に迷惑がかかるんです」
「特に、木崎に?」
「…っ…」
どういうつもりで藤堂さんがそう言ったのか。
咄嗟に顔を上げると、やはりそこには淀みのない清廉な眼差しがあった。
何も言えず口を閉じる俺に、藤堂さんにしては珍しくハッキリとした苦笑いが浮かぶ。
「悪い、困らせるつもりはなかった。ただ、もし湊自身が俺と話す事がイヤじゃないというのなら、時々ここで会わないか?」
「………」
何故そこまで言ってくれるんだろう。
でも、俺ももっと話をしたいと思っているのは事実。
中庭ならほとんど人は来ないし、頻繁じゃなければ問題はないかもしれない。
そう思った瞬間、藤堂さんに向かって頷き返す自分がいた。
「わかりました。俺も藤堂会長とはもっと話をしてみたいと思っていたので、嬉しいです」
藤堂さんの顔が、微かにほころぶ。
あまり表情が変わらない相手だからこそ、そんな小さな笑みが嬉しい。
「約束は必要ない。お互い気が向いた放課後にここへ来て、会えたら話をしよう」
「それいいですね。いつ会えるかわからないって、ちょっと面白いです」
他の生徒の目を盗み、更には来るタイミングが合わなければ会う事もできない。なんとなくワクワクする。子供の頃、隠れて悪戯したのを思い出す。こんな気持ちは久し振りだ。
「もうそろそろ行きます」
「あぁ」
俺が立ちあがると同時に離れた手。そこでようやく、今までずっと右手を掴まれたままだったという事に気が付いて、少しだけ気恥ずかしくなる。
そんな気持ちを誤魔化すように会釈をして、今度こそその場から立ち去った。
響也が立ち去った後。
藤堂は自分の左手を見つめた。
それは、ついさっきまで響也の手首を掴んでいた手。
会ったのは今日で3度目。それも、まともに対で話したのは今日で2回目。
それなのに何故か妙に気になる。響也との時間の共有をひどく望む自分がいる。
他人に対してこんな事を感じたのは初めてだ。
今まで、幼馴染の瑞樹以外の人間とは、付かず離れずの関係を築いてきた。
後輩、先輩、クラスメイト。そういう呼び名の人間関係はいくらでもいる。
だが個人的に、藤堂尚士として…、一人の人間として、湊響也という人物に関わりたいと思ってしまった。
…一体これはなんなのか…。
左手に仄かに残っているように感じる熱を、グッと握り締めた。
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