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sonata16

§・・§・・§・・§ 中庭で藤堂さんと再会した日から数日。 あの時の言葉通り、時間がある放課後は中庭へ行くようになった。 お互いの時間がある時、という事で、行けば必ず会えるというわけじゃない。 “時間がある時”が重なった時だけ会えるという、どこか不思議な待ち合わせ。 でも、そのくらいがちょうどいい。 会えば会う程、その潔く誠実な性格が伝わってくる藤堂さんに、自然と心の壁が取り払われていく。 「今日は練習はないのか?」 「あ、藤堂会長」 中庭にある噴水の縁に座って、手遊びで水を触っているところにかけられた声。 顔を上げると、こっちに向かって歩み寄ってくる藤堂さんの姿があった。 「今日は18時からなんです。藤堂会長こそ、今日は生徒会の仕事はないんですか?」 そんな俺の問いかけに、何故か困っているような妙な表情を向けられた。 「……?」 「その“藤堂会長”という呼び方は、やめてもらえないか? 仕事をしている気分になる」 「…え、でも」 「普通に呼べばいい」 そう言いながら横に腰掛ける藤堂さんに、さすがに口ごもった。 藤堂会長がダメなら、なんて呼べばいいんだ? 藤堂先輩? …でも、同じ科の人間じゃないのに先輩呼びでもいいのか? 自分でも気付かない内に眉間に皺が寄っていたらしく、それを藤堂さんに指摘されてしまった。 「そんなに考え込むような問題じゃないだろう?」 「…それなら、藤堂さん、でいいですか? 木崎さんの事も“さん”付けで呼んでるので」 「………」 それまで柔らかかった藤堂さんの纏う空気が、僅かに硬化したような気がした。 けれど、「それで構わない」と了承の頷きを向けてくれた時には、もういつもの空気に戻っている。 気のせいだったのかもしれない。 噴水の水に浸していた手を振って水滴を払い落しながらそんな藤堂さんを眺めていると、不意にどこからかヴーヴーヴーという鈍い音が聞こえてきた。 音の発生源はどうやら藤堂さんのようで、本人も気付いたのかポケットから取り出した携帯の画面を見た後、一言「すまない」と言って立ち上がって話し始める。 「瑞樹か、どうした? ……あぁ、そうか、わかった。すぐに行く」 相手は普通科の飛奈副会長のようだ。やはり会長ともなると、自由な時間は少なくなるだろう。 木崎さんにしても、チャラチャラと出歩いているように見えて、その実、結構忙しくしているのを知っている。 「飛奈副会長から呼び出しですか? 大変ですね」 「好きでやっている事だから大変ではないが…、こういう時は少しだけ残念に思うな」 「藤堂さん…」 そんな事を言うとは思わなかったから、少し驚いた。 目を瞠った俺に気付いたのか、フッと笑いをこぼした藤堂さんは、「またな」と言ってその場から去っていく。 去り際に、俺の頭を撫でるというおまけ付き。 本当になんでこんなに安らぐんだろう…。そんな心地良い疑問をもって後ろ姿を見送った。 「待たせたな、悪い」 「いえ、大丈夫ですよ」 藤堂が生徒会室へ戻ると、もうすでに飛奈は自分の席に座って書類に目を通していた。 「それで、予算を上げろと言ってきたのは?」 「バドミントン部と卓球部です。バスケ部の部費と比較してきています」 「…なるほど」 自分も席に着いた藤堂は、飛奈から回された資料を見てすぐにパソコンからデータを呼び出す。 同じ体育館を使用しているからこそ、部費の差が気に入らないのだろう。 だが、去年の公式試合の結果や普段の練習の様子を見れば一目瞭然だ。 明らかにこの両部共に、去年の先輩達がいなくなってからの堕落振りが著しい。 これでは部費を削られても仕方がない。 「瑞樹、内藤がこの部費の割り当て表と報告書をまとめているはずだ、後で聞いてみてくれ。その書類を見せてもまだ文句を言うようなら、俺が話をしに行く」 「わかりました。あとで内藤君のところに行ってきます」 内藤は、普通科の会計を受け持っている二年生だ。かなり几帳面な性格をしている事から、資料も文句の付けどころがない完璧な物を作成する。 たぶん、両部とも黙るしかないだろう。 この件はすぐに片付くと判断が付いた藤堂は、もう一つの資料へ手を伸ばした。 その時、 「尚士。少し、いいですか?」 躊躇いがちに飛奈が話しかけてきた。 顔を上げると、どこか気まずそうな表情を浮かべている飛奈の姿が視界に入る。 「どうした」 手を止めて真摯に聞く態勢をとる藤堂に、飛奈は意を決したように口を開いた。 「最近、放課後になるとどこかに行く事が多いようですけど…、今まではそんな事がなかったので何かあったのかと」 「あぁ、その事か…」 飛奈の言葉を聞いた藤堂は、手にした書類を置き、机の上に両肘を着いてその手を組んだ。 何かを考えるように視線を俯かせる藤堂に、飛奈はイヤな予感を感じて口元を引き締める。 そして、暫くしてから返ってきた答えは、飛奈の表情を凍りつかせるには充分な内容だった。 「まず、これはお前にだから話せるのだという事を先に言っておく。俺は構わないんだが、相手に迷惑がかかる事だからな…。できれば誰にも知られない方がいいだろう」 「…わかりました」 その前置きから続いた言葉は、飛奈の胸の内に冷たい氷の塊を落とした。 …湊君と、中庭で会ってるって…、何故…。 今まで藤堂は、飛奈以外に個人的に特別親しくする相手を作る事はしなかった。 それが突然、こんな…。 込み上げる感情を抑え込むように拳を握り締める。 藤堂は、そんな飛奈を見て何も言う事はしなかったけれど、双眸に浮かべたのは困惑の色。 不安を抑える事で精一杯の飛奈は、藤堂のその様子に気がつく事はなかった。

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