27 / 116

sonata21

「ちょっと~、皇志~!」 「うるさい。たまには静かに入ってこい」 昼休み。 ピアノ科の後輩と食堂で昼食を取った後、木崎は仕事を片付けるべく生徒会室に来ていた。 そこに現れた棗は、毎回の如く喧しい。 パソコンの画面を見つめたままの木崎の眉間に皺が寄る。 それでも棗は何も気にした様子もなく自分の席に着いた。そして仕事をするでもなく、木崎の事をジーッと凝視している。 木崎は木崎で、棗のそんな視線に気づいてはいるものの、全く反応を見せずにただ黙々とパソコンに文章を打ち込み続けるだけ。 その状態に痺れを切らしたのは、棗の方が先だった。 「…ちょっと、皇志。無視すんのやめてくれないかなー」 「こっちは忙しいんだよ。用があるならさっさと言え」 「うわ、相変わらず冷たい男だねー。…きっと響ちゃんもそう思ってるんだろうねー」 「………」 棗の言葉に、ようやく木崎が手を止めて顔を上げた。その双眸は不機嫌に細められている。 「……くだらねぇ事を言いにきただけなら出てけ」 低められた木崎の声に、今度は棗の表情がスッと変化した。 それは珍しい、棗の怒りの表情。 いつもヘラヘラと笑んでいる目元は今や鋭く切れ上がり、木崎の事を強く睨みつける。 「…いい加減にしろよ、皇志」 硬質な響きを持った棗の静かな声を、睨みあったままの木崎は鼻先で笑い飛ばした。 「ハッ! 珍しく本気だな、彼方。何がそんなに気に入らねぇんだよ」 「嫉妬するのもいい加減にしろ。あれじゃ響也君が可哀想だ」 「嫉妬? …意味わかんねぇ事言ってんな。俺はアイツに何もしてない」 「何もしてないのがおかしいって言ってるんだよ! いつものお前なら響也君を構い倒してるはずだろ! それが最近は、よくわからない奴らにばかり構ってるくせに彼の事は無視して…。…お前、響也君が藤堂と二人で会ってるって聞いて嫉妬したんだろ。響也君の存在を無視する事で八つ当たりするのはやめろ!」 「………」 普段は温厚な棗の怒鳴り声に、さすがの木崎も本気を感じ取って黙り込んだ。 視線を外し、片手でグシャリと髪をかき上げる。 …嫉妬? …この苛立ちが嫉妬のわけがない。俺がそんなものを感じるはずがない。そもそもなんで藤堂に嫉妬なんてしなきゃならねぇんだ。 木崎の口から「チッ」と舌打ちが零れ出た。 「…意味わかんねぇ…」 「…皇志…。前から思ってたけど、もしかして鈍い?」 「はぁ?」 突然放たれた『鈍い』の一言に、木崎がすっとんきょうな声を上げて棗を見た。 あまりにも失礼な言葉に、怒るのを通り越して唖然とする。 そして、失礼な言葉を放った当の本人である棗は、木崎のそんな反応を見て深い溜息を吐きだし、頭を抱えてしまった。 「…やっぱり僕の勘違いじゃなかったんだ…、皇志ってば本当に自分の気持ちに気付いていないおバカさんだったんだ…」 いつもの棗に戻った緩い口調。 それでも嘆きは本物のようで、木崎も怒るに怒れず片眉を引き上げるだけ。 「…あのさー、この際だからハッキリ言っちゃうけど、皇志って響ちゃんの事好きだよね? それも恋愛的な意味で」 「………」 固まってしまった木崎を置いて、棗はどんどん先に進んでいく。 「自覚の元にあぁいう行動取ってるとばかり思ってたよ~。そもそもさぁ、他人にベタベタされるのを嫌う皇志が、響ちゃんにだけは自分からベタベタしに行ってるんだよ? その時点で普通、アレ?って思うでしょうが」 「………」 「あからさまに『こいつは俺の物だ』オーラを出しまくっておいてさぁ、今さら『嫉妬ってなんですかー?』って、ホントに皇志がここまでアホだとは思わなかった」 「……お前、言いすぎだろ、それ」 「そんな事ない。まだ足りないくらいだ」 言われたい放題言われた木崎だったが、棗に言い返す事もなく、そのまま押し黙ってしまった。 俯いて何かを考えている様子を見て、棗はホッと身体から力を抜く。 …やっと自分の本心に向き合おうとしてる。 家庭環境のせいか、木崎はあまり人を信用する事がない。 だからこそ、響也に対する自分の執着心に気付きたくなかったのだろう。 深入りしたくない…と無意識の内に気持ちを誤魔化し、考えないように逃げていたのかもしれない。 でも、今ようやく真剣に考え出した。 それが棗には嬉しかった。 棗も響也の事は可愛がっているけれど、自分のそれと木崎のそれとは種類が違う。 楽しそうに中庭へ行っている響也の様子を木崎に進言したのは自分だとはいえ、まさかここまで木崎が荒れるとは思っていなかった。 2人の擦れ違いを見ていられない。 …たまには僕も皇志の為に動かないとね。 いまだ考え込んでいる木崎を見た棗は、その瞳に柔らかな光を浮かべた。

ともだちにシェアしよう!