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sonata22
§・・§・・§・・§
棗に激怒された翌日。
ここ最近にしては珍しく、誰も連れずに一人で昼休みの廊下を歩いていた木崎に、背後から声がかけられた。
「木崎。今日は一人か」
「…………」
既に声だけで相手がわかった木崎は、気に入らないとばかりに細めた眼差しでチラリと横を見た。
背後から追いついてきた相手…――どうにもウマが合わない風紀委員長の御厨が、いつもの如くキッチリと着こんだ制服姿で無表情のまま隣に並ぶ。
反応もなく無言で正面を向いて足を進める木崎を見た御厨は、無表情だった顔に僅かな苛立ちを浮かべた。
「会長自らが校内の風紀を乱しているようだな」
「…………」
最後まで無視をしようと決めていた木崎だが、最近の自分の行動に自覚があるだけに、そして校舎内の空気がおかしくなっている事に気付いていた為に、さすがにピタリと足を止めて御厨に向きなおった。
昨日の棗との会話でようやく己の本心に気付いた木崎は、いくら苛立っていたとはいえ、この数日間の馬鹿げた行動に自己嫌悪を覚えていた。その矢先の御厨の言葉が、鋭く胸に突き刺さる。
苦手意識をもっている相手であっても、自分の所業を棚に上げて言い返すなんてそんな無様な真似だけは絶対にしたくない。
今するのは、しなければいけないのは、謝罪、だ。
「…悪かった」
「………………え………?」
木崎が足を止めて自分に向きなおった時点で、いつものように食ってかかられるだろうと予測していた御厨は、まさかその口から謝罪の言葉が放たれるとは思ってもおらず、耳に入ってきた言葉が意味をなさないままスルリと抜けてしまったような感覚を味わって、口をポカンと開けて固まってしまった。
常に真実を見透かそうとしている鋭い眼が、今ばかりは見開かれる。
これにはさすがの木崎も、思いっきり嫌そうに口元を歪めた。
「…最悪な反応だな、おい」
「…あ…、いや…」
自分が固まってしまっていた事に気が付いた御厨は、若干恥ずかしそうに「ゴホン」と咳払いをして視線を逸らす。
そして、互いの間に未だかつて無い変な空気が流れたのを感じた二人は、止めていた足を動かしてまた歩みを再開した。
「…昨日…」
「え?」
「昨日、彼方に怒鳴りつけられた」
「………」
緩く温厚な棗しか見た事がなかった御厨には、怒鳴る棗というものが想像出来ないらしく、黙り込むだけ。
だが、木崎が一言、
「『お前の嫉妬に付き合わされる響也が可哀想だ』…ってな」
そう言った瞬間、
「その通りだ」
さっきまでの動揺はどこへいってしまったのか、小憎らしくも淡々と言い切った御厨に木崎の睨みが突き刺さる。
そして御厨も睨み返す。
音楽科でも5本の指に入る有名人が二人並んで廊下を歩いているだけでも注目度は高いのに、それが睨みあっているともなれば目立つ目立つ…。
通り過ぎる生徒達が見惚れるように見つめていても、当の本人達は全く気にしていない。
…いや…、気にしていないというより、視界にすら入っていないという方が正しいだろう。
そして、そんな二人が足を止めたのは、二年の教室がある廊下に辿り着いてからだった。
教室が違う為、否が応でもここで話をつけなくてはならない。
「音楽科の会長ともあろう者が、感情の赴くままに後輩を振り回すなんて情けないと思え」
「へぇ…、お前が誰かの肩を持つなんて初めてだな、御厨」
「別に肩を持っている訳じゃない。お前に振り回される湊があまりに不憫だと言っているだけだ」
「そういう発言が珍しいって言ってんだよ。……まぁ、今回の事は俺も悪かったと思ってる」
「…自覚が出たならいい」
「お前な…」
相変わらずの上から目線発言にムカっときた木崎だったが、それが同族嫌悪からくるものだと気付いているのかどうか…。
そんな木崎を鼻先で笑った御厨は、すぐ目の前にある自分の教室にさっさと足を運んでしまった。
たかだか数分のやりとりだが、相手が相手なだけに異常な疲れを感じた木崎は、どこか諦めたように嘆息すると自分も教室へ向かった。
『話がある。今日の放課後18時に屋上へ来てほしい。K・K』
午後の授業が終了して教室に戻ってきた響也の机の中に、いつの間にか入っていたメモ。
何故イニシャルなのか…、万が一メモが他人の目に触れた時に、この人物の名前が記載されていると問題になると思ったからかもしれない。
なんせこの相手は、常に全校生徒から注目を浴びているのだから。
自分の周りでK・Kのイニシャルは一人しかいない。
“木崎皇志”
急いでいたのか、木崎さんらしくない書き殴ったような文字に、心臓がドクンと大きく音を立てた。
それに、メールではなくこんな古典的な手法での呼び出しという部分が引っかかる。もしかしたら、自分と直接メールでのやりとりをしたくなかったから…?
もしそうならさすがに落ち込む。
最後通牒を突きつけられるのか、それとも今の状態について話をする気になってくれたのか…。
どちらにしろ、これで数日ぶりに木崎さんとまともに話が出来る。
そう思ったら、約束の時間にはまだ3時間あるにも関わらず、いてもたってもいられなくなった。
もう木崎さんなんてどうでもいい、と自分に言い聞かせるようにしていたけれど、実際にこうやって話が出来ると思うと、それだけで心が高揚する。
本当に自分で自分がわからない。
会いたいけど会いたくなくて、話したいのに話したくなかった。
相反する思いにモヤモヤしていたこの数日。
それでもやっぱり本心では、木崎さんと話がしたいと強く願っている自分がいた。
逸る気持ちを押さえてメモ用紙をポケットにしまい、気持ちを落ちつけようと深く深く息を吸い込む。
…そんな俺の様子を密かに見ていた人物がいたなんて、全く気付かずに…。
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