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sonata30
放課後。
本日最悪の出来事に遭遇。
昼休みの事を思い出しながらボーッと教室から出ようとした俺も悪いけれど、そもそも何故この人がこんな所に…。
「あ、すみませ……ッ…」
「………」
ドアを出てすぐの所で誰かにぶつかってしまった。
咄嗟に謝ったものの、顔を上げた瞬間に心臓がドクンと大きな音を立て、自分の顔が強張ったのがわかった。
相変わらず目立つ派手な容姿。
久し振りに間近で対面したせいか、その圧倒するようなオーラに飲み込まれてしまいそうになる。
目の前に立って俺の事を見下ろしている人物。
木崎皇志。
もう関わらないようにしようと心で決めていても、こうやって間近で会ってしまうと何事もないようには振る舞えない。
脆くも動揺する自分がイヤになる。
それでも、固まっている足を無理やり動かして木崎さんの横を通り抜けた。
けれど…。
「待て」
抜け出すことの出来ない強さで腕を掴まれた。
一瞬息が詰まり、冷たい何かが背筋を走り抜ける。
もうこの人の中で俺という存在は失われてしまっていたはず。それなのに何故…。
腕を掴まれて立ち止まったものの、木崎さんを見ることも出来ず、声を出すことも出来ず、ただ顔をそむけたまま立ち竦んだ。
そんな俺達に気付き始めた他の生徒が、次々と視線を送ってくる。
(なんであの二人が?)
(湊は会長に見捨てられたはずじゃなかったのか?)
言葉ではない、無言の中に放たれる空気からそれが伝わってきた。
当の本人である俺でさえ意味がわからず動揺と混乱に襲われているんだ、周囲の人間だってこの状況には疑問しか起きないだろう。
だが、顔を見ようともしない俺の様子に業を煮やしたのか、突然木崎さんに腕を引っ張られた。
よろける足元。木崎さんの胸元にぶつかる肩。
「なっ…にを」
「無視してんな」
耳元で聞こえた声は、記憶にあったものよりどこか覇気がないように感じられた。
以前の自分なら、ここで生意気な返しをしていただろうけど、今はそれどころじゃない。
何をどうしていいのかわからずパニックに陥りそうなこの状況から、とにかく逃げ出したくてしょうがない。
屋上での暴行事件が、木崎さんの耳にも入っていると聞いた。もしかしたら、その事で何かを言いに来たのかもしれない。
“問題ばかり起こすな”
冷え切った眼差しでそんな事を言われたら、今度こそ立ち直れなくなりそう。
だから、渾身の力を振り絞って腕を振り払った。
そして木崎さんの手が離れた瞬間、走り出した。
何か言おうとする気配を感じたけれど、気付かないふりをしてとにかく走った。
もしもこの時、一度でも木崎さんの顔を見ていたら俺は立ち止まっただろう。
苦しそうで切なそうな、そしてもどかしさを抱えた木崎さんの表情。
けれど、目線を合わせないように顔を逸らして走り出した俺は、それに気付く事はなかった。
棗が生徒会室のドアを開くと、まだいないだろうと思っていた人物が自分の席に座って仕事をしていたものだから、本気で驚いた。
「…皇志? 響ちゃんと話をしてきたの?」
そう聞きながらも、木崎からピリピリとした空気が漂ってきている事を感じ取った棗は、何があったかはわからないけれど上手くいかなかったのだろう事だけは理解した。
屋上での事。そして、昨日は倒れて保健室に運ばれたという響也。
いてもたってもいられなかったのか、今日の授業が終わった瞬間に木崎が教室を出ていったと2―Sの生徒から聞いた棗は、その行き先がすぐに予測できた。
やっとしっかり話し合う気になったんだな。
そう思って安心してたのに…。
「皇志?」
顔も上げず資料を読んでいる木崎の横に立ち、もう一度だけ呼びかける。
それでも反応はない。
今日は放っておいた方が良さそうだ。
そう判断して自分の机に向かおうと踵を返した時。
「…アイツは…」
背後でボソリと声が聞こえた。
振り向いた先では、さっきまで読んでいた資料を机の上に置き、椅子の背に深く寄りかかった姿勢の木崎がいた。
その双眸は閉じられている。
「…俺の顔を見るのも嫌らしい。…まぁ、当たり前と言えば当たり前だな」
最後にフッと小さく笑ったけれど、どう見てもそれは自嘲の笑いにしか見えなかった。
「…皇志…」
「俺のせいで嫌がらせを受け、俺のせいで怪我までさせられそうになった。おまけに俺からは嫉妬の八つ当たりだ。…普通に考えても話したくないのは当然だろ」
そんな事ない!
と言えたらどんなに良かったか…。
どれだけ頑張って考えても、棗の口から出せる言葉は、そうだね、の一言のみだった。
木崎の内情を知っている自分とは違い、ただ理不尽な思いだけをした響也。
彼の立場から考えると、そんな事ないなんて、口が裂けても言えるはずがない。
眉を寄せて黙り込んでいる棗に、木崎は閉じていた目を開けて苦笑いを向けた。
「お前がそんな顔をする必要はない。自業自得ってのはこういう事だ。…いま俺に出来るのは、アイツの生活を邪魔しないって事だけだろ」
「皇志…」
こんな切ない顔で笑う木崎を初めて見た。
棗は、もう何も言えなかった。
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