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sonata31

§・・§・・§・・§ 「瑞樹、早いな」 「…尚士」 放課後、生徒会室で書類を纏めていた飛奈は、耳慣れたその声に顔を上げた。 没頭し過ぎていたのか、藤堂がドアを開けて入ってきた事にも気がつかなかった。 自分の席に座る藤堂の姿を眺めていた飛奈は、最近まで少しでも時間があれば中庭へ行っていたこの幼馴染が、ここ数日、ピタリとそれをやめてしまった事に気がついていた。 湊響也の方が忙しくなったのかも…と思ったりもしたが、今日も授業が終わってすぐここに来たという事は、もしかしたら…。 心が期待に明るくなる。 藤堂と湊が出会ってからというもの、飛奈の心の中には、重く汚泥のような何かが日に日に降り積もっていった。 こんな嫌な感情は、今まで自分の中にはなかったものだ。 藤堂が特別に親しくする相手を作るという事。まさかそれが、こんなにも嫌な感情を生み出すものだったとは…。 内心を気取られぬよう、いつもと変わらぬようにさり気なく藤堂の名を呼んだ飛奈は、 「最近は中庭に行かないんですね。もう湊君とは会わないんですか?」 そう問いかけた。 もしこれで否定されれば、また自分は汚泥の中に浸かる事になる。 出来れば肯定してほしい。 強い願いと共に藤堂を見つめると、暫しの沈黙の後に返ってきた言葉は。 「そうだな。もう中庭へ会いに行く事はないだろう」 というものだった。 飛奈の心が歓喜に沸いたのは言うまでもない。抑えきれない笑みが口端に浮かぶ。 これでまた元の生活に戻れる。 やっぱり藤堂には、昔からの長い付き合いである自分だけがいればいい。 隣に並ぶのは、知り合ったばかりの人間には無理だ。 これまで一緒に過ごした自分達の、この長い年月に勝てる相手などいない。 きっと藤堂もそう感じたから、自分の元に戻ってきたのだろう。 そんな喜びの想いに囚われた飛奈は、藤堂の表情がどことなく思い悩むようなものとなっていた事に気がつく事はなかった。

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