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canon6

§・・§・・§・・§ 翌日の朝。 SHRが終わってから担任にコンテスト出場届を提出したら、「頑張れよ」と満足そうに肩を叩かれた。 出るからには、目指すのは優勝。これは本気で頑張らないと狙えない位置。 やってやる。 俺がコンテストに出場するか否か…は、裏で想像以上に話題に上がっていたようで、出場届を出したという話が恐ろしいくらいのスピードで校内を駆け巡った。 昼休みには生徒全員が知ってるって、いったいどういう情報網なんだ…。 もし視線が銃弾であったなら、俺の体は放課後になるまでにハチの巣状態になっていただろう。 そう皮肉りたいくらい、どこに行っても視線がまとわりつく。 今日一日は我慢するしかない。明日になれば通常に戻るはず。 他の事には鈍いくせに、こういう事ばかりは敏感になる自分に呆れながらも、昼ご飯を買いに購買へ向かった。 「おばちゃん! 俺焼きそばパン3個ね!」 「ちょっ、お前買い過ぎ! おばちゃん! 俺も焼きそばパン2個!」 「おばちゃん! コロッケパン2個とピザパン1個!」 相変わらず、昼休みの購買は大混雑。 早くしないと人気のあるパンはすぐに売り切れてしまうとあって、4時間目が終わるとみんな即座に購買へ駆けつける。 昼食分だけじゃなくレッスン後の腹ごなし分も買う生徒が多く、大量にあるパンは一気になくなっていく。 そんな人混みをボーッと眺めていると、隣に人の気配を感じて振り向いた。 「…あ…」 「買わないのか?」 「…買う、つもりだけど」 「何が欲しい? ついでに買ってきてやる」 「え、あ、あぁ、…コロッケパンとレタスサンド」 「わかった。ちょっと待ってろ」 無表情のまま頷いて人混みに向かったのは、クラスメイトの都築。 何がなんだかわからないまま、人混みに紛れた都築を見送ったその2分後。パンの入った袋を持って戻ってきた余裕のある姿に、ちょっと感心した。 あの人混みの中に後から突っ込んで、よくこんなに早く買えたな。 「410円」 「ありがとう」 都築の手に小銭を落としてパンを受け取る。 戦場(購買の窓口)を見て、どうやって突撃しようかと眺めていた事が嘘のように簡単に手に入ってしまったパンを見て、少しだけボーッとしてしまった。 「…今から屋上に行くけど、都築はどうする?」 なんとなく聞くと、瞬きする間もなく「俺も行く」と返ってきた。 あまり人と群れない都築と一緒に昼を食べる事が、不思議なようでいて自然でもある。いつの間にか馴染んでるな…なんて思いながら、二人で屋上へ向かった。 静かにご飯を食べたいと思うなら、一般生徒の入れない屋上が最適。 7月の中旬である今。さすがに陽射しが強くなっているものの、吹き抜ける風が気持ち良くて、日陰にいれば死にそうなほど暑いわけじゃない。 給水棟をまわり込み、太陽の光が遮られている場所を選んで腰を下ろした。 もともと寡黙な都築と、基本的に他人と関わろうとしない俺。 そんな二人が揃えば、必然的に沈黙が続く。 だからと言って、都築との沈黙は居心地が悪くない。 二心や裏心が感じられない都築はとにかく自然体で、こっちも気にせずにいられる。 凄く親しいわけじゃないのに、この居心地の良さが不思議だ。 結局、パンを食べ終わるまで会話は一切なかった。 「コンテスト、もう出ない方向で決めたと思ってた」 食べ終わった後、ゴミを纏めているところで言われた言葉。 横にいる都築を見ると、その視線はフェンスを越えて遠くの空へ向けられていた。 「出る事を決めたきっかけを聞いてもいいか?」 都築の視線が俺を見ずに空へ向けられているせいか、それは話しづらい内容だったはずなのに、構えることなく口からポロポロと言葉が溢れだす。 「昨日、個人練習中に木崎さんが来て……」 昨日の出来事、言われた内容。全てを話している間、都築は一切口を挟まなかった。 それは、木崎さんへの恋愛感情について暴露しても変わらなかった。 確かに音楽業界はバイセクシャルの人が多い。だからといって、クラスメイトから本気で男に惚れたなんて事を聞かされたら、多少なりとも驚くと思う。 でも、都築は当たり前の事のように聞いていた。 そのあげく、俺が話し終わった後に都築が言ったのは、 「だから前、『鈍いところを直さないと、選択を間違えていつか痛い目を見るぞ』って言ったんだ」 というものだった。 そういえば、そんな事を言われた覚えがある。 覚えはあるが、意味がわからない。 「え?」と首を傾げたら、都築が嘆息した。 「今までのお前を見ていて、木崎会長の事が好きだろうって事は薄々感じてた。それなのにお前自身は藤堂会長に興味を持ち始めただろ。いくら鈍いと言っても自分の感情に気付けなかったら選択を間違えて痛い目を見るぞって、そういう意味」 「………」 …どこから突っ込めばいいんだ。 開いた口が塞がらない。 そもそも、俺自身が気づいてなかった恋愛感情に、都築の方が先に気が付いていたなんて、本当に間抜けすぎるにも程がある。 「………なんで、俺が木崎さんの事が好きだってわかったんだよ」 そう聞くと、何か妙なものでも見るような眼差しを向けられた。 鈍くて悪かったな。 そんな言葉をグッと飲み込む。 「あまり他人には近寄らず本心も見せないお前が、何故か木崎会長には本音でぶつかってただろ。最初は、喧嘩するほど仲が良い…くらいにしか思わなかったけど、最近はそれだけじゃないってわかった。お前が木崎会長と話している時、嫌そうにしている割にはどこか嬉しそうなんだよ」 「………」 溜息混じりに教えてくれた都築の言葉に、顔が熱くなった。 どこか嬉しそうって…、なんだそれ。 嫌そうにしているのに嬉しそう…。都築の目にそう見えていたかと思うと、恥ずかしくて仕方がない。 「別に、嬉しかったわけじゃないし…」 「今更誤魔化したって意味はない」 正論に反撃は出来なかった。 俺が黙り込むと、都築も黙りこむ。静かな屋上。 話せる相手がいるという事は、こんなにも心が楽になる。 そう思いながらも、一方で沈んでいく重石があるのも事実。 木崎さんとの距離が離れてしまった今、実る事のないこの気持ちを早く捨てなければ、苦しくなるだけなのは目に見えている。 だからと言って、簡単に捨て去れるわけがない。 出てくるのは溜息ばかり。 コンテスト出場を決めた事だし、その練習に打ち込んでいればこの想いも徐々に薄れていくかもしれない。 そう、願うしかない。 言い聞かせるように胸の内で呟き、俯き加減で深い溜息を吐いた俺を、都築はただ横から眺めていた。

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