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canon8

§・・§・・§・・§ 昨日でコンテスト出場者のテストは終わり、全ての結果が出た。 不合格となった大半の生徒は実家へ帰省し、コンテスト出場が決まった生徒は帰らずにひたすら練習の毎日となる夏休みがやってくる。 終業式当日。 音楽科・普通科は、こんな時もやはりそれぞれの講堂でそれぞれの式を執り行う。 そもそもの生活スタイルが違う為、生徒たちへの注意事項や訓辞が違ってしまうのだから、これはもう仕方のない事。 ひな壇上では、生徒会役員が右側に並び立ち、教師達は左側に並び立って生徒の方を見ている。 生活指導の教師が注意事項を述べ、そして学院長からの長い訓辞を延々と聞き、ようやく式が終わった。 たぶん学院長の訓辞が後2分長かったら、誰かが倒れていただろう。 とにかく暑い。茹だるような暑さ 教室へ戻りながら、みんな既にグッタリしている。 そんな生徒を見かねてか、最後のHRは物凄い短さで終了した。…というより、担任の、「じゃ、また休み明けに」の一言で終わってしまった。 これでいいのか悪いのか…。 そんなこんなで、午前中はあっという間に過ぎ去っていった。 15時から個人練習室の予約を入れてある今日。昼ご飯を食べてもまだ時間は余っている。 …どうしようかな。 帰省する人はその準備に忙しいだろうけど、帰省しない俺にその忙しさはない。 廊下の窓から見下ろした先には、ちょうど校舎の影に入って涼し気な中庭がある。 木々に邪魔されて細部までは見えないけれど、葉がそよいでいるのを見ると、どうやら風が吹いているようで居心地が良さそうだ。 藤堂さんとの事があってから中庭は避けていたけれど、たぶん気にしてるのは俺だけだろう。 それに、藤堂さんもあれから来てないんじゃないかな。そんな気がする。 だから、決めた。 久し振りに中庭でボーッとするのも悪くない。 気持ちの赴くまま、足を中庭へと向けた。 それなりに長い時間太陽が遮られていたのか、地面からの反射熱もない中庭は予想よりもだいぶ涼しかった。 ベンチを通り越して噴水まで近づくと、流れ出る水が周囲の熱を奪って更に涼を作りだしている。 なんとなく、ホッと肩の力が抜けた。 ようやく終わった高一の一学期は、とにかく密度が濃かった。それも嫌な感じの密度の濃さ。 自分の気持ちを切り替えていかないと、これから益々大変になるだろう。 今はとにかくコンテストに集中しないと。 噴水の縁に浅く腰を掛けて中庭を見渡した、その時。 自分の予想能力の低さを実感した。 「………藤堂…さん」 低木の垣根の切れ間から姿を現した藤堂さんも、俺を見て驚いたのか一瞬だけ足を止め、それでもすぐにいつも通りの悠然とした空気を漂わせて近づいてきた。 「久し振りだな、湊」 「…はい、お久し振りです」 あんな事を言った俺に、なんのわだかまりもなく普通に話しかけてくれる。 戸惑いながらも会釈をすると、藤堂さんの瞳が優しく笑んだ。 なんかもう本当に甘えさせてもらっていると思う。感謝してもしきれない。 それにしても、この人とは毎回同じパターンで出会ってしまう。思考回路が似ているのだろうか。 大人びた相手の年相応な部分を垣間見れたようで、ちょっと可笑しい。 思わず笑いをこぼす俺に、藤堂さんは不思議そうに目を瞬かせた。 「コンテスト、一時期は出場しないという噂が普通科の方でも流れていたが、出る事になったと聞いて安心した」 そう言いながら隣に座った藤堂さんを見て、コンテストに出る事を決めた理由を言おうかどうしようか迷った。 でも、この人には全てを言いたい。 なんだろう…、とにかく本当に安心する存在で、隠し事をせずに全部を言いたくなる。 「………最初は、コンテストに出るつもりはありませんでした」 藤堂さんから視線を外して地に落とす。下を見たままそう告げると、隣から少しだけ驚いたような気配が伝わってきた。 そこからポツポツと、俺の心情も含めて全てを曝け出した。…さすがに木崎さんへの気持ちは言えなかったけど…。 「………――という感じで木崎さんに言われて、目が覚めたんです。色んな物が吹き飛ばされて吹っ切れました」 衝撃を受けた練習室での事を思い出すと、今でも妙な笑いが込み上げてくる。 色んな何かが吹き飛ばされたという、まさに言葉通りの感じだった。なんだかんだで、あの人にはいつも驚かされる。 これまでの様々な木崎さんの行動や言動を思い浮かべて感嘆していると、不意に隣から短い溜息のようなものが聞こえてきた。

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