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canon9

視線を上げて見た先では、何故か厳しい表情を浮かべた藤堂さんの姿。 俺が見た事に気がついたのか、藤堂さんの顔から厳しい表情は消えたものの、どこか苦々しい空気までは払拭されていない。 …やっぱり、自分勝手過ぎだよな…。 自ら突き放しておきながら、会えたら会えたでまたこうやって話を聞いてもらって…。 物事には限度がある。いくらなんでも、甘えすぎだ。 「…すみません。俺、何も考えないでベラベラと喋ってしまって…。先月、藤堂さんにもう会わないなんて自分で言っておきながら、偶然会ったからってこんな…」 本当にすみません、と頭を下げようとした。…が、それよりも先に、藤堂さんが俺の言葉を遮った。 「いや、すまない。そこは全然気にしてない。…俺の態度が誤解させてしまったな」 そう言って、今度は自嘲ともとれる苦い笑みを浮かべた。 そこは気にしてないって…、それなら他に何が…。 藤堂さんの顔をジーっと凝視していると、視線に含まれた疑問の意が読み取れたのか困ったように笑い、俺の右頬をその大きな手の甲で軽くピタピタと叩いてきた。 「そんな目で見るな。本当になんでもない。………ただ、」 「ただ?」 聞き返した俺に、藤堂さんはまた困ったように眉を寄せて視線を横に逸らし、 「…いや…。木崎は本当にお前の事を可愛がっているんだな」 誤魔化すようにそれだけ言って、ベンチから立ち上がってしまった。 どうするのかと見ていた俺に、 「これから生徒会室に戻って、まだ残っている仕事を片付けないとならない」 そう言った藤堂さんは、最後に「頑張れ」と一言いうと、いつもの悠然とした歩みで中庭を出て行ってしまった。 結局、藤堂さんのあの厳しい表情の意味はわからないまま。 苦々しい表情も自嘲めいた笑みも、何故か妙に俺の心にざわめきを残した。 普通科一般棟、生徒会室。 ようやく終わった終業式にホッとしたのも束の間。夏休み明けの始業式に関連した書類を読んでいた飛奈は、静かに開いた扉に視線を向けた。 入ってきたのは、大切な幼馴染。藤堂尚士。 いつも顔を合わせているというのに、会う度に嬉しくて顔が綻んでしまう。 こんな時、本当に好きなんだな、と自分の想いを自覚する。 「お疲れ様。遅かったですね」 会長用の席に着いた相手へ労いの言葉をかければ、返ってきたのは意外な返事だった。 「いや、仕事をしていた訳じゃない。少し中庭へ行ってきた」 “中庭” その一言に、飛奈の心臓がドクンと嫌な鼓動を刻んだ。 中庭。それは先月まで湊君と尚士が会っていた場所。 …まさか…。 考えたくない想像が脳裏を過る。 乾く唇を舌先で舐めて湿らせた飛奈は、出来る限り平静になるように声を発した。 「…1人…で?」 その問いに、即答がされない。 どこか躊躇いがちの藤堂に、嫌な予感は益々膨れ上がる。 そして数秒の後に告げられたのは、今一番聞きたくない名前だった。 「中庭へ行ったら、音楽科の湊に久し振りに会った」 「………」 言い方からすると、約束して会ったわけではなさそうだ。でも会った事は事実。おまけに、藤堂の様子が珍しく物憂げなのも気にかかる。 基本的に、自分というものをしっかりと持っている藤堂は、躊躇ったり思い悩んだりする事は少ない。 それなのに今、何を考えているのか…藤堂の表情は冴えない。 湊君と何があったんですか? 聞きたいけれど、怖くて聞けない。 恐れと同時に湧き起こる醜い嫉妬。 それを気取られたくなくて「そうなんですか」と軽く返し、手元の書類に視線を落としたけれど、そこに印字されている文字は全然頭に入ってこなかった。

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