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canon12

「俺だって…、木崎さんが俺の事を無視して他の奴と仲良くしてるのを見て、悔しかった。だから意地になって木崎さんを無視した。べつに木崎さんと離れたってどうとも思わないって、そんな自分を作り上げて…」 なんというくだらないプライド。 自分の中にある小さくてくだらないプライドと見栄が、全てを悪い方向へと導いてしまった。 そしてそれは木崎さんも同じ。 全ては、プライドと見栄の張りどころを間違えてしまった結果だ。 でも…。 「……こうやって木崎さんと元に戻れて、本当に良かった…」 嘘偽りない、心からの言葉。 なんだかんだとあったけれど、元に戻れた。今となってはそれだけが救い。 「……そろそろ、始めましょう」 「…あぁ」 いつの間にか消えていた疲労感。 どことなくスッキリした気持ちを抱えて立ち上がり、椅子に座った。 改めて向き直った鍵盤は、さっきよりも鮮明に見える。心の靄が晴れたからだろうか。 そして少し遅れて、さっきと同じく斜め後ろに木崎さんが立った。 「最初からいきます」 そう言って鍵盤の上に指を置いた瞬間、 「…響也」 耳元で聞こえた掠れた声。肩と背中に感じる熱い体温。 思わぬ事に、息を飲んだ。 「………木…崎…さん…?」 後ろから抱きしめられ、胸元に木崎さんの腕が回されている。 心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、凄い勢いで血が全身を巡った。 …な…に?…なんで…、どうして。 頭が真っ白になって、上手く呼吸が出来ない。 重い塊のように感じる空気を無理やり飲み込んでも、まだ空気が足りない。 側頭部に触れているのは木崎さんの頬で、目の端に綺麗なプラチナブロンドが見える。 あまりに突然の事に、全神経がフリーズした。 そして、囁かれるように呟かれた言葉。 「…好きだ」 その一言に一際大きく心臓の鼓動が跳ね上がり、苦しさのあまり死にそうになった。 「…な…にを…」 茫然としていると、背後から抱きしめてくる腕の力が増した。痛いほどに締め付けられる。 「お前の事が好きだって言ってんだ」 こんな時まで偉そうな木崎さんが、なんだか可笑しい。 驚き過ぎて、信じられなくて、嬉しくて、何が何だかわからなくて…。 ………涙が溢れだした。 「………響也?」 俺の顔を覗き込んだ木崎さんが目を見開いたのがわかったけど、涙腺が崩壊して止まらない。 なんだよこれ。 なんで涙が出るんだよ。 「…泣くほどイヤなのかお前」 少しだけ困ったような木崎さんの声に、頭を横に振った。 「違…、…嬉しくて…、どうしていいか、わからない」 その間にも顎先からポタリと滴る水滴。 俺の言葉が聞こえたのか一瞬息を飲んだ木崎さんは、その繊細な指先で俺の頬を拭ってくれた。 「それは、お前も俺の事が好きなんだと捉えていいんだな?…もしそうなら……、」 そこで言葉を区切った不自然さに顔を上げると、口角の引き上がった木崎さんのいつもの笑いが見えて、 「もう絶対離してやらねぇ」 力の籠った声と共に、その唇が俺の口元に落とされた。 結局、告白から後、俺達は練習に身が入らなくなり、今日はこれで止めだとピアノを閉じた。 そして今、壁に寄り掛かって座る木崎さんの足の間に入り込み、後ろから抱えられるようにして座っている俺。 顔を見られないのはいいけれど、密着度が高過ぎて落ち着かない。 おまけに、木崎さんが喋るとちょうど耳元に唇がくるせいで、なんだか背筋がゾクゾクする。 そんな俺とは対照的に、さっきから不機嫌な木崎さん。 原因は、“嫉妬”…らしい。 両思いだと判明した時点から、独占欲全開。 藤堂さんの事。御厨先輩の事。あげくの果てには柳先輩の事まで気に入らないと言いだす始末。 「絶対にアイツらと二人きりになるんじゃねぇぞ」 「………」 嬉しい半面、困惑もある。 だって、どう考えても木崎さんの考え過ぎだ。あの人達と二人きりになったからといって、何かが起きるはずもない。 そう言ってるのに、まったく聞き耳をもってくれない。 「アイツらと関わらなくたって何も問題はないだろ。放っておけ」 「…木崎さん…」 まるで子供の我儘みたいな様子に笑いが込み上げてきた。 肩を震わせて笑っていると、木崎さんの腕が更にきつくギューッと抱きしめてくる。 「響也。もうお前は俺のものだからな。それを忘れんなよ」 「木崎さんだって俺のものですからね。忘れないで下さいよ」 後ろを向いて、お互いに照れくさく笑いあった。 そしてもう一度、優しく口付けを交わし合った。

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