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canon13
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夏休み真っ只中。
今日の昼は、食堂で木崎さんと待ち合わせて一緒にご飯を食べている。
学校自体が休みの今、さすがに音楽棟校舎の食堂は閉鎖されていて、代わりに寮の食堂だけが使用できるように決められているから、この時だけは面倒くさくても一度音楽棟の外に出て寮棟へ行かなければならない。
コンテスト出場者と用事がある者以外は全員帰省している為、とにかく人が少なく静かだ。
それに加えて、今の時間帯は通常の昼よりも少し遅く、食堂には俺と木崎さんの姿しかない。
「そういえば、棗先輩もコンテストに出るんですよね?全然会わないんですけど、校内にいるんですか?」
ヴァイオリン科主席の棗先輩も、もちろんコンテストに出場する。
だから俺達と同じく個人練習で残っているはずなのに、一度も会っていない。
サラダパスタを絡めていたフォークの動きを止め、向かいに座る木崎さんにそう聞くと、突如として眉間に皺が寄った。
「彼方?…なんで彼方に会いたいんだよお前は」
声まで不機嫌だ。
もしかして、棗先輩と喧嘩中だったりして…?
どこか不貞腐れているようにも見える木崎さんの様子に、首を傾げる。
「会いたいっていうか…、会わないのが不思議だなと思っただけなんですけど」
「会わなくていい。お前の時間は全部ピアノと俺だけにあてればいいだろ」
「…………」
顔に熱がのぼった。この人は恥かしいと思う事がないのだろうか。言われた俺の方が恥かしくて死にそうになっているというのに。
っていうか、不機嫌になった原因はそこだったのか…。
相変わらず独占欲全開の木崎さんは、自分が信頼しているはずの棗先輩と俺が会う事も気に入らない様子。
…学校が始まったらどうなるんだこれ。
そんな不安が湧き起こったけれど、後で聞いたところによると実際は木崎さんの中でも考えがあったようだ。
夏休みで上位者以外の生徒がいないからこそ己を抑える事なく好き放題に行動する。ただし、学校が始まってしまえばそこまで煩く言うつもりはなかったらしい。
でも、そんな事俺にはわかるはずもない。ただでさえ問題だらけの人付き合いが更に困難になるかもしれない…と心配にもなる。
「彼方の事を考えてる暇があったら、早く食べろ」
「…わかってます」
食べ終われば、またお互いに個人練習室に籠って夜までひたすらピアノを弾く。
さすがの木崎さんも毎日俺の練習室に来る訳じゃなく、自分の決めた範囲を満足いくまで弾けるようになった時、息抜きも兼ねてこっちに来ている。
ちなみに、昨日来たばかりだから数日は来ないだろう。
昼食を全て食べ終わって最後に烏龍茶を飲んでいると、こっちを見た木崎さんが一言、
「今日の夜は俺の寮部屋に来い」
なんて言ったせいで、危うく口に含んだ烏龍茶を噴き出してしまうところだった。
「な…んでですか」
中等部の時から、木崎さんの部屋には何度か遊びに行った事はある。
でも、こういう関係になってから行くのは初めてで…。特に意味はなくても緊張する。
そんな俺の胸の内がわかったのか、木崎さんはニヤリと揶揄めいた笑みを浮かべた。
「変な事考えてんなよ響也。俺はただ来いって言っただけだろ」
「そんなのわかってます!」
自分だけがドキドキしているみたいで悔しい。
ムッとして言い返すと、いつもの如く鼻先で笑われた。
その後、食堂を出てそれぞれの練習室へ戻ったけれど、どうしても今夜の事を考えてしまってピアノに集中できず…。
結局、予定より早い19時には練習を終えてしまった。
こんな状態で本当にコンテストに間に合うのか。不安しかない。
軽く夕飯を食べて風呂に入り、木崎さんの部屋の前に辿り着いたのは21時。
横着をしたせいでまだ髪の毛が半乾きだけど、濡れてるという程でもないから大丈夫だろう。
ドアが開くまでの数十秒という短い時間にも関わらず、今の格好を見直している自分が馬鹿みたいだ。
上は黒のロングパーカー、下はスキニーデニム。寮内ではだいたい皆こんな感じ。
なんだか変にそわそわしている自分を落ち着かせようと前髪をかき上げたと同時に、目の前のドアが開いた。
「入れよ」
「お邪魔します」
ここに来るたびに感じる違和感と緊張感。校舎内で生徒会長として会う木崎さんとは違う素の様子には、何回会っても慣れない。
制服を脱いでしまった木崎さんは妙に大人っぽくて、どう対応していいのか戸惑ってしまう。
足を踏み入れた先の部屋は、半年前に来た時と比べると、なんとなく雑然としていた。
何が変わったのか、見回してすぐに気が付いた。楽譜が増えてるんだ。
床に落ちていた数枚を拾い上げて何気なく見た瞬間、思わず零れそうになった呻き声を寸前で堪える。
…なんで、超絶技巧の…。
まだ俺には手も出せないとても難易度の高い曲。
茫然としていたら、手に持っていた楽譜がスルリと上に引き抜かれてしまった。
「なに見てんだ」
「…木崎さん。もしかしてこれ、コンテストで…」
目の前に立った相手を驚愕の眼差しで見つめると、丸めた楽譜でペシッと額を叩かれた。
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