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canon14
「俺はそこまで考えなしじゃない」
「そう…ですか…」
べつに、木崎さんが考えなしだとは思ってない。逆に、この人だとやりかねないからこそ、まさか…と驚いてしまう。
でもさすがの木崎さんも、この曲をコンテストに持ってくるつもりはなかったようで、なんとなくホッとした。
トイレとユニットバス、そしてミニキッチンが付いている8畳のワンルーム。
収納があるとはいえ、やっぱりどの部屋も広々しいとは言えない。
それでも木崎さんの部屋は比較的片付いていて、居心地はいい。
普段は学校の練習室。そして連休は実家に帰って練習。学校の練習室はかなりの数があり、予約さえ入れておけば24時間使用可能だ。
その為、寮部屋に防音設備はなく、ピアノを置く人はいない。
けれど、木崎さんも俺も、楽譜を暗譜する為の電子ピアノを置いている。
中等部に入学してすぐの頃、木崎さんと親しくなった時にそれを聞いて、同じ電子ピアノを購入した事を思い出した。
今はお互いに違う種類の物を使用しているけれど、同じ行動をとっている事が嬉しいとさえ思ってしまう。
…末期だな…。
なんて、そんな風に自分の感情を茶化しでもしないと、恥ずかしすぎてやってられない。
「そんなとこに突っ立ってないで座れ」
ミニキッチンでコーヒーを淹れていたらしく、湯気が立つマグカップを両手に持った木崎さんが、いまだ部屋入り口で立っている俺を見て呆れたように笑った。
テーブルも何も置いていない床に受け取ったマグカップを置き、ベッドを背もたれにして座り込むと、隣に木崎さんも腰を下ろす。
何気なく見た先で、コーヒーを飲みこんだ木崎さんの喉元がゴクリと嚥下するように動いた事に、何故か物凄く顔が熱くなった。
なんでそこに婀娜めいたものを感じてしまったのか、自分でもわからない。
そして気付けば、そんな俺を見てニヤリと笑う木崎さんがいた。
「…なん…ですか」
「それは俺のセリフ。なに顔赤くしてんだ」
「べ…つに…、気のせいです」
悔しさと羞恥が混ざってムスッとした口調で言い切ると、横から伸ばされた手にグシャリと頭を撫でられる。
一歳しか違わないのに、この醸し出される雰囲気の差はなんだろう。
自分が精神的にもガキ臭い事を自覚しているだけに、微妙な気分だ。
少しの間、部屋に沈黙が落ちる。それでも居心地の悪さを感じないって…、どれほどこの人の存在が俺の中で大きくなっているんだろう。もう自分でも計れない。
「…そういえば。今でも藤堂と会ってんのか」
「え?……あ、いえ、今は前みたいに会う事はしてません」
呟くように低められた声に心臓の鼓動が跳ね上がる。
木崎さんの顔は特に気負いもない無表情で、意識してるのが自分だけだと思うと恥ずかしいし悔しい。
これから先もずっとこんな状態だったら身が保たない。ドキドキし過ぎて、心臓が疲弊しそう。
「…そのマグカップ寄こせ」
「え?」
もしかして自分の分が飲み終わったから俺の分を寄こせって?
唐突な強奪発言に驚いて木崎さんの向こう側に置いてあるマグカップを見ると、中身はまだ半分ほど残っていた。
じゃあなんで俺のを奪うんだ。
訳がわからないまま、とりあえず自分のマグカップを渡す。
受け取ったそれをどうするのか…。
見ていると、木崎さんのマグカップの横に置かれた。
…なんで…?
目を瞬かせながらその一連の動作を眺めていると、俺からマグカップを遠ざけた木崎さんの顔にいつもの不敵な笑みが浮かんだ。
「絶対に零しそうだからな。予防策」
「いくらなんでも零しませんよ。幼稚園児じゃあるまいし」
「バーカ。誰もそこまでお前がドジだなんて思ってねぇよ」
「……?」
それならどういう意味?
どうにもこうにも意味がわからずに首を傾げた。
その瞬間。
「…ぇ…。…っ…!」
後頭部から首筋にかけて木崎さんの大きな手が添えられて引き寄せられ、その端正な顔が鼻先まで近づき…。
……――唇が塞がれた――。
咄嗟の事に驚いて木崎さんの腕を掴んで離れようとするも、そんな俺の抵抗など簡単に捩じ伏せられて、甘く強引に貪られる。
驚いた瞬間に開いた唇の隙間から木崎さんの熱い舌が忍び込み、口腔内を柔らかく蹂躙していく。
「…っン、…ぅ…ッ」
濡れた音と、密やかな息遣い。そして俺が身動ぎする音。
気付けば腰を抱き寄せられて、体の密着度は増すばかり。
後頭部の髪を強く掴まれての荒々しい口付けからは、どうやっても逃れる事が出来ない。
あまりに突然の事に、嬉しいよりも動揺の方が大きく、どうしても抵抗してしまう。
そんな俺の反応が気に入らなかったのか、次第に木崎さんが体重を乗せてきた。
俺よりも身長が高い相手に圧し掛かられて持ちこたえられる程、体格が良い訳じゃなく…。
そのまま床に押し倒された。
そこでようやく唇が解放される。
息が上がっているのは俺だけなのが恥ずかしい。
それに、見下ろしてくる木崎さんの眼差しに、明らかな欲望の熱が籠っているのがわかる。
「…木…崎さん…」
掠れている声が、自分のものじゃないみたいだ。
またゆっくり降りてきた木崎さんの唇が、今度は優しく顔じゅうに降り注ぐ。
額、瞼、鼻、頬、顎。
そして最後は唇。
触れては離れるだけの、柔らかく優しいキス。
上からジッと見つめられるだけで、甘い気持ちが全身に染みわたる。
こんな心地良い幸せな空気は、いまだかつて感じた事がない。
「響也。…たぶんお前の想像以上に俺は本気だ。そこをよく理解しとけよ」
「…木崎さん」
なんの揶揄も見られない真摯な言葉に、顔が発火しそうなくらい熱くなった。
息が出来ないくらいに動揺して、嬉しくて、苦しくなる。
「…俺も、…俺も木崎さんの事が本気で好きです」
そう告げると、優しく目元を綻ばせた木崎さんの顔が近づき、また口付けられる。
今度は抵抗する事なく、自らの腕を木崎さんの首筋に絡めて引き寄せた。
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