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canon15
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今日も朝から晩までレッスン漬け。
集中しなければダメだとわかっていても、2日前に木崎さんの部屋を訪れた時の事を思い出してしまえば、いまだに顔が熱くなる。
あの後、抱きしめられたまま何度もキスを繰り返し、結局自分の部屋には戻らず一緒に眠ってしまった。
最後までするつもりなのかと多少の不安を抱えていたけれど、予想外に木崎さんは紳士で、
『今日はこれ以上何もしないから安心しろ。お前の心の準備が出来るまでいつまでも待つ』
と、俺の動揺を読みとったのかあやすように優しく包み込んでくれた。
「あー、ヤバイ…」
朝の廊下を個人練習室へ向かう途中、あの甘い時間が頭から離れなくなりそうで、それを誤魔化すように前髪を乱暴にかき上げる。
その時、前方から近づいてくる足音が聞こえてきた。
俯き加減だった顔を上げた俺の目に映ったもの、それは。
「………棗先輩…」
相変わらずキラキラと王子様的な雰囲気を漂わせている棗先輩が、俺の事を見て楽しそうに微笑んでいる。
夏休みに入ってから…、というより、木崎さんと仲直りしてからというもの何故か一度も遭遇しなかった相手。
今まであれだけ神出鬼没で現れていた事を考えれば、故意的に俺との接触を避けていたとしか思えない。
どうやらようやく姿を見せる気になったようだ。
現われなかったら現れなかったで警戒するけど、現れたら現れたでやっぱり警戒する。
どっちにしろ、俺の中で棗先輩はそういう人。
何を考えているのか、いまいち読めない。
「久し振りだねー、響ちゃん」
まるでスキップしそうな足取りで近づいてきた棗先輩は、俺の目の前でピタリと立ち止まって微笑みながら顔を覗き込んできた。
「お久し振りです。もっと久し振りでも良かったんですけど」
憎まれ口を叩くと思いっきりデコピンをくらった。いつも思うけど、指の力があるせいでこれが結構痛い。
「皇志とイチャイチャできるようになったからって、そんな生意気な事言っちゃってー」
「は!?」
これ以上にないほど非常に威力のある口撃。
固まった俺が可笑しかったのか、棗先輩は腹を抱えて爆笑している。
涙まで流して笑うか…。
これはもう完全無視だ。関わってはいけない。
何も見なかった事にして歩き出した。…が…。
「はい、ちょっと待って」
横を通り際に腕をガシッと掴まれてしまった。
やっぱり簡単に捲ける相手じゃない。
「…なんですか」
「あー、何その嫌そうな顔」
「先輩だってこれから練習に入るんですよね?こんな朝から俺に構ってる暇なんてないでしょう?」
「わかってないなー響ちゃんは。練習を30分遅らせてもなんとかなるけど、今響ちゃんを逃がしたら次にどこで会えるかわからないんだよ?」
「いや、俺は普通に練習室にいますけど…」
まるでどこぞの珍獣扱いに溜息が出る。
そもそも、今日まで俺に会わないようにしていたのは先輩の方だ。
廊下の窓から差し込んでくる陽の光が徐々に移動して明るさを広げていく中、棗先輩だけが楽しそうにニコニコと笑っている。胡散臭い笑顔とはこういうものを言うんだと思う。
掴まれた腕はすぐに離れたからいいものの、いったい何がしたいのかわからない相手の様子に、自分の顔がムスっとしたものになっていくのを感じる。
「そんな顔してると皇志が泣くよ?」
「こんな事ぐらいで木崎さんが泣くわけないじゃないですか」
「まぁそうだけどさ」
今にも踊りだしそうな棗先輩の、このご機嫌な理由はいったいなんだろう。
そんな疑問が顔に出たのか、目の前にある甘ったるい顔がまた笑いだしそうに緩んだ。
「響ちゃんは相変わらず可愛いね。まったく、皇志には勿体ないよ」
「…可愛いって…」
「でも…」
そこで突然、棗先輩の纏う空気が変わった。
今までのふざけた感じじゃなくて、揶揄のない優しい空気。これは珍しい。
「皇志はさ、本当に響ちゃんの事が好きなんだよ。もうずっと…中等部の頃から。かれこれ3年半くらいにはなるんじゃないかな~」
「え?」
「あいつ自身は自分の気持ちに気付いてなかったみたいだけどね、僕にはわかってた」
「棗先輩…」
「だから、皇志の事、頼んだよ」
いつもはヘラヘラして緩い印象を与える棗先輩が、物凄く頼りがいのある男らしい表情を浮かべてそう言った。
…なんとなく、この人の人気がある理由がわかった気がした。
こんな一面を見てしまったら、ファンにならずにはいられないだろう。
お調子者の下に隠された真摯な素顔。
「それじゃあね。今日もお互い練習頑張ろう!」
「はい」
胸に広がるジワリとした温かさに表情を緩ませて頷くと、少しだけ棗先輩の目が見開かれた。でもそれはほんの数秒の事。
すぐにいつものヘラリとした緩い笑みを浮かべたかと思えば、手を大きく振って行ってしまった。
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