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canon17

§・・§・・§・・§ 「二条さんには本当にいつもお世話になっております。直接お会いするのは半年振りくらいになるかしら」 「そうですねぇ…、この前のワールドツアーの時に会って以来ですから、半年になりますか。相変わらず、木崎さんご夫妻の音は素晴らしいとあちらこちらで噂を聞きますよ」 「まぁ。嬉しい事をおっしゃるのね」 「それに奏華の方では皇志君も凄いらしいじゃないですか。うちの息子が帰省する度に話を聞かせてくれるもので、いつのまにか私も妻も皇志君のファンになってしまいましたよ」 「あの子もねぇ…、あまり私達には何も言わないものですから、学校生活がどうなっているのか全くわからなくて…。確か志摩君はあの子と同じ学年よね?よかったらあの子の学校生活の事、聞かせてもらえるかしら」 白いグランドピアノが存在を主張している、北欧調の広いリビング。 世界的にも有名な音楽一家、“木崎家”のリビングだ。 父親の秀幸(ひでゆき)はチェリスト。母親の真弓(まゆみ)はピアニスト。 そして彼らの1人息子は、奏華学院で音楽科生徒会長を務める生粋のサラブレッド、木崎皇志。 秀幸は、明日にオーケストラとの共演を控えている為、ここにはいない。 今ここにいるのは、真弓と、木崎家とは昔からの付き合いがある某楽器販売店社長である二条守(にじょうまもる)。 そして、二条守の次男である志摩(しま)。この3人だ。 年齢を重ねても凛とした美しさを持つ真弓から視線を向けられた志摩は、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた。 そんな風に顔を赤らめると、小柄で可愛らしい容姿を持つ志摩はますます愛らしくなる。 色素が薄い事もあって、宗教画の天使のようだ。 「木崎君は本当に凄いんです。生徒会長としての手腕も凄いし、ピアノもうっとり聴き入ってしまうくらいに綺麗で。おまけに格好良くて頼りがいがあって、もう本当に完璧な人なんです。だから皆が木崎君に憧れています」 目をキラキラと輝かせて言う志摩。これが女の子だったら恋する乙女そのもの。 そんな志摩の言葉に、真弓は嬉しそうに微笑んだ。 「やっぱり奏華に入れて良かったみたいね。それに、共学とは違って女の子とのトラブルも無いでしょう?本当に安心できるわ。音楽に打ち込めるものね」 ホッとしたように安堵の溜息を零した真弓の言葉に、志摩の目が一瞬だけ鋭い光を放った。 だが、その光は誰にも気付かれない内にすぐ消え失せる。 そして志摩の唇からは、それまでとは違った気弱そうな声が零れだした。 「…あの…、その事なんですが…」 「その事?」 突然言いづらそうに眉を顰める志摩の様子に、真弓の顔から微笑みが消えた。それを視界の端におさめた志摩は、内心でニヤリと笑う。 よし、乗ってきたな…、と。 「こんな事、言ってもいいのかわからないんですけど…、木崎君の為を思えば伝えておいた方がいいと思うんです」 「どうかしたの?何かあの子に問題が起きているの?」 真弓は、自分にも他人にも厳しい人だ。息子に問題が起きているとなれば、絶対に放っておくはずがない。 その性質を父親である守から聞いて知っていた志摩は、可愛らしい容姿に似合った可愛らしい声で語り始めた。 …湊響也との事を…。 もちろんそれは、真実とは違う悪い噂だったり、響也が木崎を誑かしているといった嘘の内容で…。 そしてつい最近起きたトラブルの事も。 どこまでも悪意に満ちたものを、まるでそれが真実かの如く語った。 話が進むにつれて強張っていく真弓の表情。凍りつく空気。 それはそうだろう。女の子とのトラブルどころか、同性とのトラブルだなんて。大抵の親なら拒絶反応を起こすはず。それは真弓も例外ではない。 木崎夫妻。とりわけ、息子の才能を伸ばす事に熱心な真弓は、今まで皇志をずいぶんと厳しく指導してきた。 息子の将来への道を出来る限り広げてあげたいという親心と、それ以上に、幼き頃から皇志の才能がずば抜けて高い事を知っていたからこそ、である。 それなのに、同性である男に騙されて誑かされ、(うつつ)を抜かしているなど、到底信じたくないものだった。 あの奏華に、そこまで性質(たち)の悪い生徒がいたとは想定外だ。 暫くの間ショックで黙り込んでいた真弓だったが、さすがに世界に通ずる一流の人間だ。気を取り直したのか気丈にまっすぐと顔を上げた時は、もう既にいつもの様子となんら変わりのない状態に戻っていた。 「二条さんには申し訳ないんですけれど、皇志の為に少しだけ志摩君の力をお借りできないかしら」 「うちの志摩で力になれる事でしたら、どうぞどうぞ」 「はい!木崎君の力になれるなんて光栄です!」 その後、優しく微笑んだ真弓の口から放たれた提案に、志摩は震えがくる程の歓喜を覚えた。 …ボクが木崎君の恋人になれるなんて…、と。

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