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canon22
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木崎家の邸宅。
数ヵ月振りに帰ってきた我が家を目の前に、木崎皇志は深い溜息を吐き出した。
父親は今頃アメリカにいるはずだ。今日いるのは母親だけ。
自分にも他人にも厳しいのは両親共にだが、特に母親の厳しさは半端じゃない。
言っている事が正しいだけに反論も出来ず、いつか絶対に追い越してやる!と並々ならぬ決意を心に秘めて早数年。
いまだ追い越せる見通しは立っていない。それどころか追い付いてもいない。
褒める事もすればダメ出しもする。特に久し振りに会う時は、ダメ出し80%の褒め20%だとわかっているだけに、玄関のドアを開けるにも気力がいる。
身近にいる人間の中でも数少ない“頭の上がらない相手”なだけに、緊張感は増すばかり。
あのマイペースな棗彼方にさえ、「できれば遠くで眺めていたい人だよね」と言わしめた程の人物。
自分の母親ながら、尊敬を通り越して畏怖の対象だ。
面倒くせぇ、と呟きそうになる口元を引き締めて玄関のドアを開けた。
「ただいま」
微かに漂うアロマの香り。
ほんの少しの懐かしさに浸りながら靴を脱ぎ、まずはリビングへ向かった。
「あら、早かったのね。お帰りなさい皇志」
久し振りに会う母――真弓は、艶のある漆黒の髪を夜会巻きに整えていた。
相変わらず年齢不詳の美貌の持ち主。
そして誰もが最初に“優しそう”と印象を持つのは、その美しい顔 に浮かべている微笑みのせいだ。
これに騙されると後で痛い目に合う。
いつもより笑みが深いのは気のせいか。何か嫌な予感がする。
真顔で真弓を見つめると、自分と入れ替わりにソファーを立った彼女はリビング奥のキッチンへ向かった。
「アイスティーでいいわよね?」
「あぁ」
ハウスキーパーが毎朝用意しているアイスティー。それをグラスに注いで持ってきてくれる母親らしさは、とりあえず健在のようだ。
ソファーに深々と腰を下ろして足を組み、ハァと短く息を吐き出せば、それを耳にしたのか「溜息なんてみっともないから止めなさい」と、すかさずお叱りの声が飛ぶ。
こんなところも本当に相変わらず。
家に帰って寛げるなんて事は、木崎家では夢のまた夢の話。
目の前に置かれたグラスには、綺麗な飴色の液体が4分の3ほど注がれていた。
カランと音を立てて動いた氷が、涼しさを醸し出す。
「それで?話があるって何」
「そんなに急かさないでちょうだい。久し振りなんだから、まずは貴方の学校生活の事でも聞かせてほしいわ」
「別にいつもと変わらないんだからいいだろ」
「相変わらず愛想がない子ね」
クスクスと可愛らしく笑っているが、この後になんの話をされるのかと考えると、こっちはとても和めたものじゃない。
早く聞いて早く終わらせたいという思いを、アイスティーと一緒に喉の奥へ流し込む。
いくら急かしても、この人は自分が言う気にならなければ絶対に口を開かない。
頑固な所が親子でそっくりだとは、誰が言った言葉だったか。
果てしなく迷惑な事だ。
リビング内に微かな音量で流れている音楽。今日はハチャトゥリアンの気分らしい。
それに耳を傾けること数分。
ようやく話す気になったらしく、突然、それまでの柔らかな口調とは違う鋭い声で「皇志」と名を呼ばれた。
逸らしていた視線をゆっくりと向けると、やはりというかなんというか…真弓の顔からは笑みが消え去っている。
いよいよだ。
どんな話でも受けて立ってやる。
腹の前で軽く手を組んで聞く態勢を整えた瞬間、第一陣の言葉が届いた。
それは思ってもみなかったもので…。
「……は?」
間違いかと聞き返せば、さっきと一言一句違わぬ言葉をもう一度告げられた。
「湊響也君とは別れなさい」
思わず瞠目した。
どこで響也の事を知ったのか。いや、それよりも何故俺達の関係を知っているのか。
驚愕に言葉が出ない。
「学生の間は、恋愛云々よりも音楽と勉強に打ち込んでほしいと思って男子校である奏華への入学を許可したのに、まさか貴方が女の子じゃなく同性とそんな関係になるとは思ってもみなかったわ。べつに私は同性愛に偏見があるわけじゃないの、私の友人にもいる事だしね。でも今の貴方にそれを許す事はできない。今の貴方にそれは障害でしかないの。将来の事をもっとよく考えなさい」
「………」
正論過ぎる言葉。
動揺に麻痺する思考を取り戻そうと深く呼吸をし、いつの間にか固く握りしめていた拳を緩めた。
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