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canon25

§・・§・・§・・§ 「あ、木崎君が…。尚士、木崎君に挨拶していきますか?」 慌ただしい始業式も終わり、通常の生活が戻ってきた翌日の昼休み。 図書館から一般棟へ戻る途中、飛奈と藤堂の目に木崎皇志の姿が映った。 音楽棟へ戻るようで、もう既に後ろ姿となっている。 飛奈はそんな木崎の姿に声をかけるかどうか一瞬迷って、藤堂へ問いかけた。 だが藤堂はその問いには答えず、幾分厳しくなった眼差しで木崎の姿を見つめるだけ。 「尚士?…どうしたんですか?」 「………」 そうこうしている内に、二人の視界から木崎達の姿は消えてしまった。 木崎“達”。 そう、もう一人いた存在。 その人物に、藤堂の目は釘付けになっていた。 木崎の片腕にしがみついて歩く可愛らしい少年。どう見ても普通の友人とは思えない親密さ。 どういう事だ。 響也という存在がありながら、何故他の奴をその腕に纏わりつかせる。 数日前の、恥ずかしそうで、それでいて嬉しそうな顔をして「付き合う事になった」と言った響也の姿が脳裏に浮かび上がる。 厳しい眼差しで二人の後ろ姿を見送った藤堂を、飛奈は横から不思議そうに眺めていた。 「知ってる?会長に恋人が出来たって!」 「は?嘘だろ?だって木崎会長って今まで決まった相手なんて作らなかったじゃん!」 「でも、今日べったりくっついて歩いてたって言うし、その人が自分は会長の恋人だって言いふらしてるらしいよ」 「あぁ、それ知ってるー。木崎会長と同じ二年の二条先輩でしょ?」 「あの人可愛いよな」 午後の授業であるレッスン室へ向かう廊下の途中、響也の耳に入った噂話。 止まりそうになる足を、意志の力でなんとか動かした。 …二条先輩って、ピアノ科6番席の二条志摩先輩の事か? 昨日木崎さんが言っていた“新しい奴”っていうのは、まさか…。 脳裏に、二条先輩の可愛らしい顔が浮かんだ。 誰が言ったのか定かではないが、“宗教画に出てくる天使のような愛らしさ”という言葉が本当に合っている容姿。 色素が薄く、華奢で幼い感じのする二条先輩は、一部の生徒の間では人気が高い。 …あの人が木崎さんの新しい恋人…。 捻くれた自分とは違って素直に甘えるだろう二条先輩の様子を思い浮かべるだけで、頭の奥にズキンと鈍い痛みが走る。 まるで走馬灯のように過ぎ去っていったこの数日。 俺と木崎さんが付き合ったという事実なんて、本当はなかったんじゃないのか…って。 この夏休みの間、夢でも見ていたんじゃないのか…って…。 何が本当で何が嘘なのか、考えすぎてもう何がなんだかわからなくなっている。 ただハッキリ言える事は、今の俺は、木崎さんとなんの関係もなくなってしまったという事だけ。 どうしてこうなったんだろう。話す事さえ出来なくなるなんて…。 知らず知らずと浅くなる呼吸に胸が苦しくなり、歩いている途中で深く息を吸い込んだ。 それでも苦しさは治まらず酷くなるばかり。 自然と俯いた格好になって廊下を進み、角を曲がった時、 ドンッ 「…っ」 「あッ」 前を見ていなかったせいで、向こう側から来たらしい誰かとぶつかってしまった。 相手の驚いた声と共に、バサリと音を立てて廊下に散らばる楽譜が二人分。 「すみません」 謝りながら屈みこんで楽譜を拾い上げ、片方を目の前の相手へ差し出した。…が…。 「…え?」 掴まれたのは、差し出した楽譜ではなく俺の手首。 そこでようやく顔を上げ、視界に映ったのは…、 「…棗…先輩…」 いつもの王子様顔に、どこか切なそうな表情を浮かべた棗先輩だった。 茫然としている内に、掴まれた手首を上に引っ張られて立ち上がる。 「響ちゃん、ボーっとしてると怪しいお兄さんに誘拐されちゃうよ?」 相変わらずのふざけた軽口。でもやっぱり表情は悲しそうで…。 「先輩?どうしたんですか?」 こんな棗先輩はあまり見た事がなくて、さすがに戸惑った。というより心配になった。 でも、何故か返ってきたのは脳天に拳骨。 手加減はしてくれたらしいけど、それなりに大きな手で与えられた衝撃は少しだけ頭蓋に振動を起こす。 「…先輩」 「だって響ちゃんがお馬鹿さんなんだもん」 …なんだもん…って。 外見は格好良い王子様なのに、なんでこんなに残念なんだろう。 今度は拗ねたように唇を尖らす相手に、笑いが込み上げてきた。 「ちょっ、何笑ってんのさ」 「先輩の可笑しさに笑ってるんですよ」 「ひどっ!」 まるでムンクの“叫び”のように顔に両手を当てる棗先輩。更に笑いそうになった時、あと3分で授業が始まるという合図の予鈴が校舎内に響き渡った。 しまった、棗先輩で遊んでいる場合じゃない。 佐藤先生の怖さを身をもって体験しているだけに慌てる。 「それじゃ先輩、また」 ぶつかってしまった謝罪をする事も忘れて慌てて走り出す。 「絶対に理由があるから!絶対に本心からの行動じゃないから!」 数メートル進んだところで背後から聞こえた大声。 え?と驚いて立ち止まり振り返った時には、もう棗先輩は角を曲がって見えなくなっていた。 なんの事? そう疑問に思ったのは一瞬だけ。 すぐに、木崎さんの事だとわかった。 …俺だってそう信じたい。でも、二条先輩の事や木崎さんのあの冷たい眼差しを思い出してしまえば、信じることすら出来なくて…。 込み上げる息苦しさに奥歯をグッと噛みしめて、今度こそレッスン室へ向かって走り出した。

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