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canon28
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「いいですか、湊君。役者は動きで表現をします。そして音楽は音で表現する。一見違うように見えて、根本は同じ事なんです。役者はその役に入り込めば入り込むほど演技に深みが出る。それは音楽も同じで、その曲の中に入り込めなければ音は薄っぺらいものになる。この曲を理解して、もっと情景と感情の部分を理解しなさい。悲しい曲を何も感じず弾くよりは、弾きながら感情が高ぶって泣いてしまう方がよっぽどいい。言っている意味がわかりますか?」
午後の授業であるレッスンの最中、佐藤先生の言った言葉に「はい」と一言返したのものの、だからと言ってそう簡単に出来るはずもなく。
もっとこの曲を掘り下げないとダメだな。
改めて自分の勉強不足を実感しながら鍵盤に指を置きなおした時、
「…最近の湊君は、集中している割に音がどこか遠くを彷徨っていますね」
そう言われてドキっとした。
集中はしている。物凄く。
でも何故か、聴こえているはずの音がどこか遠くで奏でられているような感じがして、弾いていてもしっくり馴染んでいなかった。
自分の感覚がおかしくなったのかと、気のせいかと思っていたけれど、どうやらそうじゃなかったらしい。
その状態が実際に音に表われていたからこそ、佐藤先生は気付いたんだ。
「これは湊君だけじゃなく皆さん全員に言えることですが、こういう生音は、多分に精神面が影響します。練習も重要ですが、それ以上に精神面のケアも考えるようにしましょうね」
佐藤先生は、俺の背後に並んで座っている他のグループメイトに視線を向けて言った後、最後に俺の肩を軽く叩いて話を締めくくった。
ちょうど時間が来たところで、今日のレッスンは終了。
強張った表情を戻す事も出来ないまま、楽譜を抱えて廊下へ出ると、教室に向かう他の生徒達とは真逆の方向である屋上へ足を向けた。
静かに開けた鉄製のドアの先。
暦上ではもう秋になっていても、日中は普通に日差しが強く暑い。
それでも、体に触れる風はサラリと心地良く、それだけが唯一秋の到来を示していた。
人の気配がない場所、人の視線がない場所。
ここに来ると、張っていた気が緩むのがわかる。
詰めていた息を吐き出しながら、日影が出来ている給水棟の壁際に歩み寄った。
片膝を立てて座り込み、手に持っていた楽譜を横に置く。
壁に背を預けて空に視線を向ければ、変な物悲しさが襲ってきた。
…何をやってるんだろうな、俺は…。
音楽、平穏、そして木崎さん。
夏休みの間、そんなぬるま湯のような幸せにどっぷりと浸かっていた。
でも気が付けば、その全てが手から零れ落ちてしまった。
何度思い返しても、あれはまるで夢だったんじゃないかと思ってしまう。
もう忘れよう。
そう決めたのに、まだこうやってウジウジと考えている自分が本当に情けない。
馬鹿だな。
誰かにそう言ってほしいくらいだ。
毎日毎日、木崎さんと二条先輩の事を噂で耳にする。どこにいても2人でイチャついているとか。
「…本当になんなのかな」
思わず呟いた。
もちろんそれはただの独り言で、誰かの返事を求めて言ったものじゃない。
それなのに。
「一言で表すなら、“単なる馬鹿者”だろう」
「……!」
突然聞えた声に驚いて勢いよく横を振り向くと、いつからいたのか…、給水棟の角に御厨先輩が立って俺を見下ろしていた。
「御厨先輩…、どうして…」
茫然としていると、またも同じ事を言われてしまった。それも今度は溜息付きで。
「お前は単なる馬鹿者だと言ったんだ」
「………」
言ってほしかった叱責の言葉が、まさかこの人から放たれるとは…。
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