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canon33

§・・§・・§・・§ ようやく落ち着きを取り戻してきた今日この頃。平穏な日常が戻ってきた。 木崎さんの姿さえ見なければ、精神的にも穏やかでいられるようになった。 噂もだいぶ下火になり、夏休み明けの時ほどそこかしこで話題を耳にする事もない。 「あー!湊響也だよ湊響也!」 廊下の窓ごしに外の景色を見ながらボーッと歩いている最中、突然大声で名前を呼ばれれば誰だって驚くと思う。 「なに、今から移動教室?どこ行くの?理科室?」 なんの反応も出来ない俺の背中に、ドーン!と勢いよく圧し掛かってきた誰か。 その衝撃に前のめりになった体勢を元に戻して振り向けば、背に張り付いていたのは柳先輩のクラスメイトの梶封馬(かじふうま)先輩だった。 あまりにも意外な人物に驚きを隠せない。 「梶先輩…?」 「うお!俺の事覚えてくれてたんだ!?いや~、柳殿の影に隠れちゃって俺の薄~い存在なんてなかった事になってんだろうな~なんて思ってたのに、封馬感激!」 「………」 …この人、こういうテンションの人だったんだ。 今まで周囲にいなかったタイプで、どうしていいかわからない。 「ほらほら足が止まってるよ湊君。進まないと遅刻しちゃうよ湊君」 「…先輩」 「なに?」 「重いです…」 俺より体格もよくて身長もある人を背に乗せたまま普通に歩けるわけがない。 試しに進んでみたけど、重くて3歩で終了。 「ちょっと!重いとか乙女に言うなんて言語道断よっ!」 この人、もしかしてそっち系? 自分でも気付かぬうちに胡乱な眼差しになっていたらしい、突然俺の背から離れた梶先輩は慌てたようにブンブンと手を振りだした。 「ちょい待て!なにその目!普通に冗談だから!」 「………」 「あ、なにその『別にどうでもいい』って顔。酷くね?」 本当にこれはどうすればいいんだろう。三年の先輩だけど、遠慮なくその辺に捨ててもいいだろうか。 若干、棗先輩と同じ系統の匂いがするものの、あの人と同じ対応でいいはずがない。梶先輩はまだ知り合ったばかりだ。 …とりあえず、 「あ、俺の事放置ですか?放置ですか湊君!」 混乱してきたから、とりあえず歩き出した。このままだと本当に授業に遅れる。 なんかもうこの人だったら、俺が黙っていても勝手に話が進んで勝手に終わる気がする。もうそれでいいと思う。 「そっち行くって事はやっぱり理科室かぁ、残念。俺はあっちなんだよねぇ」 廊下の曲がり角でそんな言葉が聞こえてきたかと思えば、隣を歩いていた梶先輩が立ち止まった。 チラリと見ると、「まったね~」なんて手を振りながら俺の進行方向とは違う方へ歩いていく。 やっぱり予想通り、勝手に言いたい事だけ言って勝手に去って行ってしまった。 …なんだったんだ…。 首を傾げたものの、授業開始3分前の予鈴が鳴り響いた事で、そんな疑問もすぐに霧散した。 そして放課後。またもその人は現れた。 「へい!湊君!」 「………」 この人は24時間このテンションなんだろうか。 そんな疑惑が脳内を駆け巡る。 個人練習の時間まではまだ間があるから…と、寮棟へ向かう途中の小道。何故か横の木立から梶先輩が飛び出してきた。 ちょっと変質者っぽい登場の仕方。 とりあえず、 …無視して歩き出した。 「ちょちょちょ!待ちなさいって!」 ここまで慌てられてしまうとさすがに気の毒になり、立ち止まって振りかえる。途端に苦笑した梶先輩。 困ったように後頭部を手でガシガシと掻き毟っている。 「いや~、これじゃ俺ストーカーじゃん」 違うんですか?なんて事はさすがに言わないまでも、その思いはじゅうぶん目に表れていたらしい。 梶先輩がガクっと項垂れた。 「しょうがないな…、俺の名誉の為に真実を話しておこう」 「真実?」 梶先輩のこの訳のわからない行動に、真実とかそういう意味のあるものが含まれていたとは驚いた。ただの変な人だと思っていたのに…。 何がなんだか意味がわからない。 「あのさぁ、これ絶対にオフレコね?絶対に俺がバラしたって言っちゃダメよ?」 「…わかりました」 そして梶先輩の口から告げられた“真実”に、俺は固まった。 文字通り、本当に数秒の間、いっさいの身動きが取れない程に驚いた。 「………柳先輩が?」 「そうそう、柳殿よ」 「なんでそんな…」 「そんなん決まってんでしょ。キミの事が心配だからだよ。…まぁ、柳殿のこんな行動は、中等部からの5年半同じクラスの俺でもいまだかつて見た事ないけどね。それだけキミの事を気に入ってるってわけだ。…あ、もちろん俺もよ。湊君に対して良い意味での興味がなければ、いくら柳殿の頼みでも動かんって」 そう言って梶先輩はハハハと笑った。 『柳殿がさぁ、今は湊君がヘコんでる時期だからなんとかして元気づけろ!って言うんだよね。なんで自分で行かないんでしょうかって聞いたら、僕がそんなんしたら響ちゃんが気ぃつかうやろ、って。1~2日だけでもいいから、気を紛らわせる事ができるような変な行動してこい、なんて言われちゃってさ。…そういう事情だから、俺本物のストーカーじゃないからね!?』 梶先輩の言った言葉が頭の中で繰り返される。 立ち尽くしたまま茫然としていると、梶先輩は照れ臭そうに笑いながら 「俺もキミと仲良くなりたいなぁなんて思ってたから、柳殿の指令にすぐさま飛び付いたわけよ」 そう付け加えた。 「なんで、俺なんかと」 「ん~?…まぁ前から湊君の事は知ってたけどさ、この前うちのクラスに来たでしょ。あれからキミの事が気になって気になってねぇ。って事でこれからヨロシク~!」 俺の肩をバシバシ叩きながら上機嫌で言った梶先輩は、やっぱり今日の午前中の時のように言いたい事だけ言って、またも風のように去ってしまった。 声楽科には変な人が多いって本当だったんだな。 改めて実感すると同時に、先輩達の優しさに顔が緩むほどの嬉しさを感じた。

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