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canon39
正午ともなれば、空から降り注ぐ日差しはまだ強い。それを、木立が上手い具合に遮ってくれている。
ユラユラと揺れる葉の影が地面に模様を描く中、通行人からは見えない位置まで来て立ち止まった。
葉影が顔にかかって揺らめいているせいか、俺を見つめる藤堂さんの表情はどこか思いつめたようなものに見える。
俺も黙り込み、藤堂さんも何も言わない為に沈黙が流れ、そして1分…2分が過ぎた頃、
「…湊に聞くのもどうかとは思ったが、他に音楽科の親しい知人がいないからな」
躊躇いがちに前置きを口にした藤堂さんは、次に、
「木崎が大変だと聞いたが、それは事実なのか?」
低く落ち着いた声でそう言った。
まさか、藤堂さんの口から木崎さんの事が出てくるとは思わなくて…、瞠目する。
この人にしては珍しく本当に躊躇いがちに言うのは、きっと俺と木崎さんの事を知っているから。
こちらを思いやる真摯な瞳に、強張っていた心がふわりと解ける気がした。
この人から漂ってくる空気は、どうしても俺の甘えを呼び起こす。
迷惑をかけるな。
しっかりしろ。甘えるな。
理性がそう叫ぶ。
わかってる…、わかってはいるけど…。
「…木崎さんがスランプに陥っているのは本当です。…少しでも力になりたいと思っているのに…、でも、もう俺は木崎さんに関わる権利なんてないから」
誰にも言う事が出来ない泣き言が、口から溢れ出た。
本当に、なんて女々しくて情けない。
自分の足でしっかり立てよ!って思うのに、どうにもならず誰かに寄りかかろうとしてしまう。
言葉にして吐きだせば少しはこの焦燥感も薄れるから、藤堂さんなら泣き言を言っても大丈夫だから…と、つい口走ってしまった。
「…湊…」
俯いた俺の耳に入った藤堂さんの低い声。
何か言いたげなその声色にふと顔を上げると、逸らす事の出来ない強い眼差しとぶつかった。
「…藤堂…さん?」
何故そんな目で見るのかわからない。全てを包み込むようでいて、全てをなぎ払ってしまうような…、そんな力のある眼差し。
戸惑っている俺をじっと見つめる藤堂さんは、少し沈黙した後、その瞳に決意の色を灯して唇を開いた。
そこから紡がれたのは驚くべき言葉で…。
「湊、俺と付き合ってくれないか?」
「……………え?」
「お前がまだ木崎の事を気にしているのは知っている。だが、俺はそれでも構わない。アイツを忘れる為に俺を利用してくれて構わないから、付き合ってほしい」
「…………」
一瞬、息が止まった気がした。そして、瞬きすら出来ず固まる。
…藤堂さんが、俺と?…え?…どうして…?
何も言えぬままただ見つめていると、そんな俺を見て藤堂さんが苦笑した。
「気が付けば、お前から目が離せなくなっていた。それがどういう事なのか、最初は自分でもわからなかったんだが…」
そこでいったん言葉を区切った藤堂さんは、真剣な眼差しでまっすぐに俺を見つめ、
「お前の事が好きなんだとわかった」
「……ッ」
迷いのない強い言葉。
何かに貫かれたような衝撃が走り、心臓の鼓動が一度大きく脈打った。
「…でも、俺は…」
「だから、それでもいいと言っているだろう。急がなくていいから、いつか木崎の事を忘れて、その時に俺の事を見てくれればいい」
「でも、それじゃ藤堂さんが…」
「俺は構わない」
「…っ」
ハッキリ言いきった藤堂さんに腕を引っ張られ、あ…と思う間もなくその厚みのある体に抱きとめられた。
制服を通して藤堂さんの温かさがジワリと染み込んでくる。
それと同時に、優しさとか、労わりとか、包み込まれるような安堵感とか…、とにかく色んなものが全身を覆い尽くした。
…苦しくて、どうにかしたくて、でもどうにも出来なくて。
足掻いても藻掻いても、辛さはなくならなくて…。
この手に縋ってもいいのだろうか…、もしそれが許されるなら、この苦しみから解き放たれる日が来るというのなら…。
今は、ずるくてもいいから、差し出された手を取りたい。
「………こんな俺でも良ければ、…よろしく、お願いします」
藤堂さんの制服をグッと握り締めながらそう言った。
あまりに小さな声で言ったから、聞こえなかったのかもしれない。藤堂さんからは何の反応もない。
もう一度言った方が良いのかと、少しだけ身を離して目の前にある顔を見ると、物凄く優しい眼差しで俺を見下ろす藤堂さんと目が合った。
その瞳が本当に優しくて…、そして自分の言った言葉が脳内に甦り、じわりと顔が熱くなる。
「あの…、なんか言って下さい」
「響也と呼んでもいいか?」
…そうくるか…。
あまりの恥ずかしさに、居たたまれず頷くだけが精一杯。
「俺の事も名前で呼んでもらえると嬉しい」
これにも、頷く事しか出来ない。
そんな俺を見た藤堂さんはフッと小さく笑いを零し、そして顔が近付いてきて、
――額に優しく唇が触れた。
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