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canon41
§・・§・・§・・§
当事者には言うておくんが筋やろ。
その一言から始まった柳の言葉に、棗彼方は見事に固まった。
早朝の昇降口での一幕。
『響ちゃんと藤堂が付き合うてる』
『………は?』
『この話をどう使うても構へん。その辺はキミを信じてるさかい』
それは暗に“木崎に告げるか告げないかは好きにしろ”という事。
情報源までは教えてくれなかったが、柳は口元をへの字にして、
『木崎ならまだしも、藤堂に持ってかれるんはちょっとなぁ…』
そう呟いた。
…やっぱりこの人、響ちゃんの事…。
嫌でも確信が持てる相手の言葉に思わず眉を顰めるも、言うだけ言ってすぐに歩き出してしまった後ろ姿に気が付けば、わざわざ引き止めてまで問い質す事など出来るはずもなく…。
とりあえず全ては今日の放課後生徒会室で…、と気持ちを新たに切り替え、重苦しい溜息を吐きながら教室に向かう棗だった。
そして放課後。
生徒会室の扉を開けた棗の目に、席について仕事をしている木崎の姿が入った。
あ~、言いたくないな~。
胃がシクシクと痛みそうだ。
こうなってからの親友のスランプ状態を知っている立場としては、できれば告げたくない事実。
でも、知らなかったからと言って現実に起きている事がなくなる訳じゃない。
それなら、全てを知って、そこから考えた方がいい。
よし!と気合いを入れて歩き出した棗に、木崎は一言、
「うるさい」
資料から目線すら上げずに言い放った。
「ちょっ、まだ何も言ってないんだけど!」
「気配がうるさいんだよお前は」
「………」
ちょっとめげそうになった。
それでも意を決して木崎の席に歩み寄った棗は、その真正面に立ちはだかった。
気配だけならまだしも、本体が目の前に来ればさすがに木崎も顔を上げざるを得ない。
だが、珍しく真剣な表情の棗に気付いた木崎は、それまでの呆れた表情を消し去り、いぶかしむように片眉を引き上げた。
「…なんだよ」
「………響ちゃんが、藤堂会長と付き合い始めたって」
「………」
無表情にも見える木崎の口元から、ギシリと奥歯を噛みしめる音が聞こえたのは気のせいか…。
でも、反応はそれだけ。
だからこそ怖い。
表に出ないからこそ内面で荒れ狂っているだろう事は、何年もの付き合いである棗には容易に予想がつく。
いまだかつてない、一番大きな破壊力を持っている今回の話。
どうか潰れないでくれ。全てを諦めないでくれ。
そう願ってしまうのは、自分の我が儘だろうか。
…でも、ここで全てを諦めてしまったら、もう皇志から全ての温度が失われてしまう。
だから、だからどうか保ち堪えてほしい。自分の想いを諦めないでほしい。
棗は、そんな切なる願いを腹の内にグッと飲み込んだ。
目の前で仕事を再開する木崎が今何を考えているのか…。
自分が簡単に手を出すべき事じゃないとわかっているだけに、どうにももどかしい。
木崎に聞こえないように小さく息を吐いた棗は、鈍い足取りで自分の席に戻った。
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