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canon46

「…っ…ゴメン…なさい…、俺…」 「響也?」 謝りながら泣きだした俺を見て、木崎さんが目を見開いた。 「物凄く、甘えてた。木崎さんなら、俺の甘えくらい大したことないだろう、とか、木崎さんだって悩んだり困ったり苦しんだり感情的になったりするんだって、そんな当たり前の事を忘れてて…」 「…響也、…お前…」 「すみません、…俺…、自分の事ばかりで…、本当に、自分の事しか考えてなくて…」 涙が止まらなかった。 何やってんだ!って、情けなくなった。 そして、こうやって泣いている事にも腹が立つ。 俺に泣いてほしくないと言った木崎さんの前で泣く事が、甘えでなくてなんなんだ。 それがわかっているのに、涙を…、感情を抑えられない。 顔を上げていられなくて俯くと、フローリングの床にポタポタと涙が零れ落ちる。と同時に肩に木崎さんの腕がまわり、グイっと抱き寄せられた。 「………っ」 木崎さんの首元に頭をもたせ掛ける状態になって、思わず息をのんだ。 「…頼むから、泣くな…」 心底困っている声が、あまりにも“らしく”ない。本当に困り果てて、少しだけ動揺している声色。 途方に暮れてしまったような…こんな木崎さんの声を聞いた事がなくて、涙も止まってしまった。 自己嫌悪の嵐の中で、なんだか珍しい生き物に遭遇してしまった気分。 俺の顔は見えないはずなのにそれが伝わったのか、後頭部をコツンと小突かれる。 そして、 「自分の事ばかりってのは違う。お前の場合、考えすぎての結果、臆病になってんだよ」 そんな事を言われた。 俺の頭を小突いた木崎さんの手が、今度は優しく髪を撫でてきた。 温かな体温と優しい手つきが心を落ち着かせてくれる。 そこから生まれるのは、木崎さんへの揺るぎない信頼。 全てを吐き出そう。 隠す事なく、全てを。 そこから、たぶん、俺達の新しい関係が築けるはず。 「……知っての通り、俺は今、藤堂さんと付き合っています」 木崎さんに寄りかかったままハッキリ言い切った。 互いの体が密着しているからこそ、木崎さんの体が僅かに強張ったのを感じた。 「何もかもが苦しくて、何かに寄りかかりたくて…。…木崎さんの事が好きなままでいいからって言ってくれた藤堂さんの優しさに、甘えました」 「………」 微かにクッと聞こえたそれが、木崎さんが息を詰めた音なのだとわかった瞬間、やっぱり言わなければ良かった…なんて思った俺は、どれだけ情けないのか。 逃げないと決めた。 誤魔化さないと決めた。 自分を甘やかすのはやめると決めた。 …決めたからには、もう、後戻りはしない。 話を続ける為に、一度短く息を吐きだした。 「……藤堂さんと付き合いだしてからは、凄く平和で、心が落ち着きました。でも、それが本当の意味での平和じゃない事くらい、わかってました。藤堂さんにしてみても俺にしてみても、このまま行ったらなんの未来も生み出さない。俺のこの曖昧な行動が、藤堂さんの大切な時間を食い潰してる」 「………」 「………藤堂さんと、しっかり向き合って話をしてこようと思います」 そう言った瞬間、俺の肩にある木崎さんの手が力を増した。痛いくらいに。 「木崎さん?」 「俺が好きか?」 「……ッ」 唐突過ぎる質問。この人は、俺の心臓を破壊する気なんじゃないだろうか。 あまりの不意打ちに、言葉が出ない。 固まる俺をどう見たのか、今度は顔を覗き込んで、 「お前の口からハッキリ聞きたい。誰よりも俺の事が好きだと言わないなら、藤堂の元になんか死んでも行かせねぇ」 そう言い切った。 口から心臓が飛び出しそう。 全身が震えだしそうなくらいに熱い。 恥ずかしくて居たたまれなくて、この場から逃げ出してしまいたい。 …でも、逃げないと、そう自分に誓った。 それまで凭れかかっていた木崎さんの首元から頭を上げ、まっすぐに視線を合わせる。 「誰よりも何よりも、木崎さんが好きです。苦しくなるくらい好きなんです。俺は、もう、絶対に間違えない」 その時の木崎さんの表情をどう表せばいいのか…。 とても驚いたような、照れ臭そうで嬉しそうで、…そして、俺の事が好きだと、その眼差しから表情から痛いくらいに伝わってきた。 「今回の事で、俺は自分がどれほど無力でどれだけガキなのかを思い知らされた。本当に大事なものが何かもわかった。…もう二度とお前を手放す事はしない。今度は、例え何があっても」 その後に一言、「藤堂と、しっかり話しあってこい」そう言ってくれた。 お互いに認め合えた事で、揺るぎない信頼が俺たちの間に横たわる。 たぶん、もう何があっても大丈夫。 こみ上げる嬉しさに顔が緩む。 と同時に、突然木崎さんが全体重をもって俺に寄りかかってきた。 「…え、木崎さん?」 もちろん支えられるわけがない。 二人でベッドに倒れ込む。 もしかしてまだ体調が悪いのか。 なんて心配を余所に、木崎さんはベッドに手を着いて上半身を起こした。 「…木崎さん?」 「俺のものになれるか?…今、ここで」 一瞬、意味がわからなかった。 でも、この体勢。木崎さんの瞳に浮かぶ熱情のような光。艶のある深い声色。 これでわからないはずがない。 全身が発火しそうになる。 俺だって男だ。好きな相手とそうなりたいと思う。でも、男同士のその行為に、恐れがあるのも確か。 ただ…、相手が木崎さんなら、恐れや戸惑いを凌駕して更に有り余るほど、一つになりたいと思う気持ちの方が強い。 押し寄せる羞恥心に顔を熱くしながらも、ハッキリ頷いた。 「俺は、木崎さんの全部が、ほしいです」 「…ッ…響也」 何かをこらえるように一瞬だけ目を閉じた木崎さん。 瞼を開いた後の瞳には、滾るような熱い色と、戦慄を感じさせる強い光が浮かんでいた。 そして次の瞬間、食らいつかれたと感じる程の激しさで唇を塞がれた。

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