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canon48
痛みすら快楽の刺激のひとつになり、いつの間にか合わせるように揺らめいていた俺の腰を見て、額から汗を滴らせている木崎さんがフッと笑った。それが壮絶な色気を醸し出す。
「…ッ…ほら、イケよ」
何かを押し殺すような木崎さんの声と共に、その指先が俺の起ちあがっているモノを掴み、そして腰の動きに合わせて絡みつく。
先端を指でグイと抉られ、身体の奥をこれ以上ないほどに激しく何度も深く穿たれ、
「…ッハ…ん!…あッ…ぁン!…ッ…ンッぁあ!」
全身を侵した甘い痺れと共に白濁とした体液が溢れだし、腹を汚した。
そのすぐ後、俺を攻めたてていた木崎さんが「クッ」という呻き声を上げ、体内に広がった熱。
それは、ドクドクとした感触を持って体内に注がれていく。
荒い息を吐きながら上から圧し掛かってくる木崎さんを抱きとめ、滑らかな背に両手をまわす。
整わない呼吸と、熱い身体と、流れ落ちる汗。それら全てが夢ではないと伝えてくれる。
満ち足りた幸福感に、更にギュッと木崎さんにしがみついた。
こんなに嬉しくていいのだろうか。幸せすぎて胸が苦しい。
そのまま暫くの間抱き締め合っていると、俺の耳元で木崎さんが囁いた。
「…もう一回、やるか?」
「ふ…ざけないで下さい」
憎まれ口は俺の照れ隠し。そんな事は、しっかりとバレている。喉奥でクツクツと笑われた。
なんて幸せな時間。嵐のように過ぎ去った行為の後の、穏やかな春のような柔らかい空気。
「…響也」
「はい」
俺の上に身を預けたままの木崎さんから零れ出た、穏やかな声。
「この先、誰にも文句は言わせない。邪魔もさせない。……例え親が相手でも」
「木崎さん、でもそれは、」
「そう簡単じゃねぇって事はわかってる。……だから、……俺がそこまで力をつけて周りを黙らせるまで、愛想をつかさず待っててくれるか?」
思わずフッと笑ってしまった。途端に、不満そうに「なんだよ」と小突かれる。
だって、ここまできてもまだ気付かないなんて。
どれだけ俺が木崎さんに惚れているのか、まだわかってないなんて…。
「何言ってるんですか。俺は待ちません」
「………」
「守られたいんじゃない、隣に並びたいんです。俺だって木崎さんを守りたい。それだけの力をつけたい。…だから、待ってなんかやらない。俺も一緒に闘います」
そう言った瞬間、息が詰まるくらいに強く強く抱きしめられた。
「…お前、見掛けによらず男前だな」
「一言余計です」
怒ったような口調で返したけれど、耳元で呟かれた木崎さんの声がどこか濡れていたように感じられて…、背にまわした腕に更なる力を込めて抱き返した。
痛む体を起こしてシャワーを浴び、身支度を整えて木崎さんの部屋を出る頃には、もう夕方を通り越えて夜と言える時間帯になっていた。
昨夜から今まで、怒涛の一日だった気がする。
「足がフラついてるぞ」
「…誰のせいですか」
ドア枠に手を掛けて立つ木崎さんの顔には、ニヤニヤと意地の悪い笑みが浮かんでいる。
初心者相手に手加減なしってどうなんだ。
平気だと思っていたのに、体の熱が冷めてみれば下半身がとてつもなくダルいし痛いし…。
今日が土曜日で本当に良かったと心底思う。
「それじゃ、また来週に」
部屋まで送るという木崎さんに断りを入れて、ゆっくりと歩き出す。
「……響也」
「え?」
数歩進んだところで名を呼ばれて振り向くと、それまで揶揄めいた笑みを浮かべていたはずの顔を真剣なものに変えた木崎さんと目が合った。
「志摩とは何もない。言葉だけの関係だ」
「………」
「来週、きっちりと片を付ける」
実は、内心で不安だった二条先輩との事。名目上だけの関係だったとわかったとはいえ、キスくらいはしているのかと思っていた。
そんな俺の不安を、木崎さんはわかっていたんだ。
どんな小さな刺さえも抜き取ってくれようとする優しさに、自然と顔が緩む。
「わかってます。…俺も、しっかりと話をしてきます」
「あぁ」
顎を引くだけの木崎さんの頷き。それに対して軽く頭を下げ、今度こそその場から歩き出した。
ちょうど夕飯時だからか、廊下には誰もいない。
こんなにゆっくり歩いている姿を他人に見られなくて助かった。
特に、今の俺にこの階段は難所だ。
普段は気にも留めなかった手すりの存在が、今ばかりは神々しく見える。
艶のある木製の手すりに掴まりながら、一段一段ゆっくりと階段を下りて踊り場へ。
そしてご対面。
「…ぁッ」
「あれ?」
こうやってぶつかりそうになるまで、足音はおろか気配さえ感じなかった。相変わらずどうなってるんだこの人の気配は。
さすがにスルーは出来ず、踊り場で立ち止まる俺。
そして柳先輩。
「響ちゃん」
「…はい」
「そこ…、確か木崎の部屋がある階やったんとちゃう?」
言いながら、ジロリと疑惑の眼差しを向けられた。
前髪で隠れて見えなくとも、ここまで鋭い視線を向けられてしまえば誰だって気が付く。
「あ、いえ、あの…」
「少ぅしだけ僕とお話せぇへん?」
「……はい」
と頷く以外に俺に選択肢など無い。あるはずがない。
手首を掴まれて踊り場の隅へ移動。
背を壁に、前に柳先輩。
「ほな、話してもらいましょか、響ちゃん」
「………」
…なんでこうなるんだ…。
べつに、柳先輩に話さなければいけない理由はない。
でも、…なんだろう…、この人には全てを見透かされているような気がして…。
今も、きっと何かを感じ取ったんだろう。じゃなければ、こんな風に聞いてはこないはずだ。
溜息混じりに項垂れ、それでも、誤魔化しは通用しない相手だとわかるだけに、諦めて昨夜の事から話し始めた。
もちろん、今朝の出来事は話さなかった。自分の濡れ場事情なんて他人に言う事じゃないし、何より、俺自身がいまだに現実感を持っていないのだから。
「……という事実全てを、木崎さんから教えてもらいました。俺も、もう逃げるのはやめようって決めたんです。木崎さんも俺も、覚悟を決めました」
柳先輩の事だから全部知っているのかもしれないし、知らないのかもしれない。
俺への進言からすると、全部知っていそうな気はするけれど、実際はどうなのかわからない。
けれど、気持ちの問題も含めて全て正直に話した。
そして流れる沈黙。
意識して周囲に耳を澄ますと、階下からざわめきが聞こえてくる。
さすがにそろそろ誰かが来そうだ。
なんて事を思っていたら、目の前からワザとかと思うほど深い溜息が聞こえてきた。
階下に繋がる階段へ向けていた視線を正面へ戻すと、前髪をかき上げてその端正な顔を表した柳先輩とまともに目が合う。
思わず息を飲んでしまった俺はおかしいのだろうか。柳先輩の顔は心臓に悪い。
「響ちゃんが決めた事なら反対はせぇへん。せやけど、ホンマにえぇのん?僕にしとき…て何べんも言うてはるのに…」
「な…に言ってるんですか、柳先輩」
そう言って笑ったのは、柳先輩の後半部分の言葉は冗談だと思ったから。
というより、この顔を間近で見ていると、深い意味は絶対にないとわかっているのにドキドキする。顔が良すぎるのもどうかと思う。
「まぁ、構へんわ。…ほな、な」
「…あ、はい…」
何がなんだかわからないまま、どうやら解放されたらしい。
軽く手を振って階段を上がっていく柳先輩。
同時に、下からの声が大きく聞こえてきた。早くも夕飯を終えた者が、部屋に戻る為に上がってきたらしい。
網膜に焼き付いてしまった柳先輩の端正な顔を消し去るように、一度だけ頭を振る。
なんで柳先輩はこんなに気にかけてくれるのか、そして、なんで俺は言われるがままに話をしてしまったのか…。
まるで催眠術にかかってしまったかのような自分の行動に若干の後悔を覚えながらも、階下へ向かって足を踏み出した。
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