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fantasia4

§・・§・・§・・§ 柳先輩がいったい何をやらかすのか。 それも気にはなるけれど、今俺がしっかりと考えなければいけないのは藤堂さんとの事だ。 話をしてから2日が過ぎた。 俺の曖昧な行動で藤堂さんを振り回してしまった。そして、藤堂さんの事が大切だからこそ、無理矢理強引に別れる事はできない。 登校してきて席に着いてから、携帯を開いてメールを打つものの、最後の送信ボタンが押せない。 【今日か明日の放課後、また話をしてもいいですか?】 その一言が、どうしても送れない。 最近、自分の女々しさに直面する事が多い。もし俺が、第三者としてこんな俺を見ていたら、呆れた眼差しを向けている事だろう。 クッと腹に気合いを入れて、今度こそ送信ボタンに親指を当てた。と同時に、突然携帯が震える。 思わずビクッとした俺はどれだけ小心者なんだろう。 マナーモードにしてあったそれは、すぐに途切れた。メールだ。 なんとなく力が抜けて、溜息を吐きながら受信フォルダを開くと…、 「………ッ」 それは、藤堂さんからのメールだった。 【今日の放課後、時間があれば少し話をしても構わないか?】 まさかの内容に、頭の中が真っ白になる。 なんというタイミング。それも、藤堂さんの方から言ってくるとは…。 跳ね上がる鼓動を抑え込むために深く息を吸い込みながら、了承の返事を送った。 あっという間の放課後。 我に返ってみれば、午前中の記憶がほとんどない。緊張するにも程がある。 午後のレッスンの後に先生から頼みごとをされた為に、中庭に行くのが少しだけ遅くなってしまった。 たぶん、藤堂さんはもう来ているだろう。 中庭の小道を歩いている自分の顔が、緊張に強張っているのがわかる。 …とにかく、しっかりと自分の気持ちを伝えよう。 そう言い聞かせながら、噴水のある広場へ足を踏み入れた。 やはり先に来ていた藤堂さんは、この前の時と同じく噴水の前に立っている。 俺の気配を感じたのか、ゆっくりと振り返った藤堂さんは、どういう顔をしていいのかわからない俺とは対照的に微かな笑みを向けてくれた。 相変わらずの包容力。どうしたらここまで他人を気遣えるのか…、本当に尊敬してしまう。 「遅くなってすみません」 「いや、俺も今来たばかりだ。気にする事はない」 穏やかな空気に、いつの間にか緊張も解けていった。 藤堂さんの横に立っても、その穏やかさは失われない。どう考えても、この居心地の良い空気は藤堂さんが作りだしている。 たぶん意識せずにそうしているんだろうけど、やっぱりこの人は凄い。 「あの、藤堂さん、」 「木崎の事が好きか?」 どう切り出そうか迷う間もなく、いきなりの核心をついた言葉に目を見開いた。 躊躇いも誤魔化しもしないこんな部分が、藤堂さんらしい。…潔いというか、なんというか…。 あまりの不意打ちに、動揺しなかったといえば嘘になる。でも、かろうじて平静を保って頷いた。 「はい」 「もう、前に進めるのか?」 「………藤堂さん…」 後退る事や横道に逃げる事ばかりを考えていた俺が、今度ばかりはしっかりと前を向こうと決意した事を感じ取ってくれたかのような言葉。 茫然としたまま、ただひたすら目の前の顔を見つめる。 そんな俺に、藤堂さんは苦笑めいた表情を浮かべた。 「もともと、木崎の事を好きだと知っていて、それでもいいからと言ったのは俺の方だ。本当にお前が幸せになれるのなら、それを見守る役に徹するのもいい」 「………え…?」 それは…、その言葉はまるで…。 「これからは友人として宜しくな、湊」 「…藤堂さん…」 どこまでも優しいこの人に、どうやって感謝の気持ちを伝えればいいんだろう。 どこまでも相手の事を考えてくれるこの人に、どうやって報いればいいのか。 考えても考えても、俺の単純な頭では思いつかない。 簡単には思いつかないほど大きなこの感謝の気持ち。 震えそうになる声を抑え込み、たった一言「ありがとうございます」そう伝えるだけで精一杯だった。 でも、そんな藤堂さんも優しいだけの人じゃない。 …とわかったのは、突然身を屈めた藤堂さんに不意打ちでキスをされた時。 「…………なっ…にを…」 「これくらいは最後に許してくれ」 こんな不敵な笑みを浮かべる事があるって事も、今知った。 火を噴きそうな熱い顔。口元を片手で覆って藤堂さんを見ると、とても楽しそうに笑われた。 悪戯が成功した子供のような笑顔。 その笑顔を見て、じわりと心が温かくなった。

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