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fantasia7
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『誰に反対されようが、俺の事は俺が決める。…あの人に報告してんだろ?覚悟ができたって俺が言ってたと、そう伝えておけ』
冷たく整った顔。その唇から放たれた言葉。
『これでもうお前との契約も終わりだ』
なんの感情もない冷たい声と眼差し。
数日前に会った仮恋人との会話を思い出しながら、ギシリと奥歯を噛みしめた二条志摩
告げられた時は、しおらしくも涙を浮かべて縋ってみたけれど、内心では湊響也に対する憎しみではらわたが煮えくり返っていた。
一年のくせに生意気なんだよっ。本当にどこまでも邪魔な奴。
「…………絶対に潰してやる…」
いちばんダメージを受けるだろう時を狙うんだ。
何もかも思い通りになるなんて許せない。絶望を思い知ればいい。
皇志君はボクのものなんだから。目を覚まさせてあげないといけない。
「…絶望して苦しめばいいんだ」
脳裏に思い描く復讐のシナリオに、自然と顔がほころんでいく。
…アイツの苦しむ顔が、早く見たい…。
唇からは、こらえきれない笑い声が零れ落ちた。
§・・§・・§・・§
10月末日の朝。
昇降口の目の前にある多目的ホールに、今期コンテスト出場者の名前が貼り出された。
他学校の生徒と奏華の生徒。
ピアノ・ヴァイオリン・声楽の3部門。
テストを合格し、厳選された者の名前がそれぞれ20名ずつ。
各部門の優勝者は、全費用学院負担でドイツ留学が決定している。準優勝の生徒も、費用の半分を学院負担でドイツ留学に行ける。
ただし、奏華のコンテストは順位制ではない。
その時の参加者の中で順位を決めるのではなく、コンテストの入賞基準を満たしているかどうかで賞が決まるというもの。
要は、コンテストの基準に満たなければ、優勝者はおろか、入賞者が1人も出ない事があるという事。ショパン国際コンクールなどと同じ方式だ。
【ピアノ部門・湊響也(私立奏華学院)】
白い和紙に達筆な文字で書かれた自分の名前を見て、グッと心が引き締まる。
いよいよだ…と、本当に運命の時が目の前にやってきたのだと…、実感が体を震わせる。
一昨日、木崎さんは家に電話をして、親に宣戦布告をしたらしい。
『俺と響也でピアノ部門の優勝準優勝をさらって二人でドイツに行ってやる。世間に俺達の実力を認めさせて、アンタ達に文句は言わせない』
『まだそんな事を言ってるの?貴方はともかく、艶聞には事欠かないというあの子には無理でしょう?このコンテストはそんな子が賞をとれるほど甘いものじゃないわ。…でもまぁそこまで言うのならやってみなさい。本当に制覇出来たのなら考えてみてもいい。ただし、もしあの子が優勝か準優勝をとれなければ確実に学院を退学させるから、そして貴方には二度と会わせない。そのつもりでね』
返ってきた言葉は辛辣で、一切の動揺も見せなかったそうだ。
木崎さんの為にも、そして何より自分自身の道を切り開く為にも、絶対に負ける事が出来ない勝負。
これは、誰かとの戦いじゃない。自分との戦いだ。
フッと息を吐き出して肩から力を抜き、ざわめいている人混みの中から抜け出す。
一瞬チラリと見た和紙には、棗先輩・柳先輩・御厨先輩の名前もあった。
もちろん木崎さんの名前も。
少しでも自分の中の弱さや甘さに負けた時点で、蹴落とされる。
このコンテストに出られる者達の能力は、誰もがトップレベル。横に引かれたボーダーラインから抜け出せるのは、自分に勝った者だけだ。
教室に向かって歩きながら、一度大きく深呼吸をする。
…絶対に負けない。
改めて決意を胸に刻み込んだ。
その頃。二年生の教室が並んでいる廊下の一角では、周囲の生徒達の視線を一手に集めている集団がいた。
集団といっても、いるのは4名。
ただ、その4名が奏華の中でもずば抜けて有名人だった為に、物凄い存在感を放ちまくっている。
「柳先輩、あまり皇志をからかわないで下さいね~」
「からかってる訳やおへん。鈍ってる牙をようやく研ぎだした後輩に応援の言葉を贈っただけどっしゃろ。いちゃもんづけは気分悪いなぁ、棗くん」
「アンタが優勝して俺が優勝出来なかったら響也をアンタのモノにするって、それのどこが応援の言葉なんだよ」
「まぁまぁ、皇志も落ち着いて。何にせよ、皇志の実力なら優勝出来るから大丈夫だって」
「棗、不確定な未来の結果をお前ごときに断言出来るはずがないだろ。軽はずみな事を言うな」
「脩平ってさ~、いっつもそんなんで疲れない?っていうか僕が疲れるんだけど…」
挑戦的に睨みあう木崎と柳(…の目はやはり前髪の向こう側だが…)、そして、無表情の御厨と深い溜息を吐きだしている棗。
この4人から醸し出されているオーラは、もはや圧倒を通り越してどす黒いマーブル模様と化している。
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