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fantasia15
目を瞬かせて森本を見ると、そんな俺の表情から心情を読みとったのか、今度は森本の方が「あれ?」と目を瞬かせた。
「嘘、もしかして、知らぬは本人ばかりって?」
「なにが、ですか」
「だから、ピアノ部門のダークホース湊響也の噂」
「………」
「木崎皇志に関しては、もうあれだろ。誰もが知りすぎてて実力も当たり前に凄いから、今更なんだよな。目新しい噂は出ない。でも今回の奏華には一年に凄い奴がいるらしいって、俺達の間でアンタの事けっこうな噂になってんだけど。…それにしても、まさか本人だったとはね」
「………」
驚きに言葉が出ない。
どこをどうしたらそんな噂になるんだろう。最悪だ。
無意識にしかめっ面になっていたらしい、森本が俺の顔を覗き込んできた。
「眉間に皺が寄ってるのは、その怪我が原因?」
「………ッ…」
咄嗟に顔を逸らす。
まさか、こんな状態の時に限ってそんな噂が出ているなんて…。
ダークホースとまで噂されておきながら、本人が指先に負傷をしているなど…、誰もが呆れるだろう。
周囲の事など気にしない。そう言い聞かせていたのに、さすがにこれはキツイ。
唇を噛みしめた。
その時、
「お前な…、今度から魔性の男って呼ぶぞ。まったく…」
突然背後から聞こえてきた声。
それも、この眠たげでだるそうな話し方をする声には聞き覚えがある。物凄く。
振り向いた俺の目に映ったのは、相変わらず眠そうな半眼で歩み寄ってくる都築の姿だった。
「…え、…なんで…」
「棗先輩、御厨先輩、挙句の果てにはさっき途中でバッタリ会った柳先輩から、湊を1人にさせると不安だ…って無言の圧力をかけられた。いくら俺でもあの3人には逆らえない」
肩を竦めて言う都築は、それでもどこか楽しそうに見えた。
でも、「魔性の男」ってどういう意味だ。
「アンタも奏華の人?コンテストには出ないんだ?」
俺達のやりとりを見ていた森本が、好奇心を隠さず都築に詰め寄る。
「そっちは今日の出場者?」
「聖ルカの森本シズル。湊響也の恋人候補になったから、よろしく!」
「………」
いや、そんな目で俺を見ないでくれ都築。俺だって何がなんだかわからないんだから。
「…俺は奏華一年の都築春臣。今回は見学者だ」
無表情のまま都築が名乗った瞬間、森本は「ぁあ!」と目を見開いた。
「アンタが奏華の都築か、なんで今回は出ないんだ?アンタの演奏も聴いてみたかったんだけど」
「…あ…あぁ…、来年は出るつもり」
森本の態度に、さすがの都築もタジタジ。これは珍しい。
コイツはなんなんだ。俺を見る眼差しがそう訴えてくるが、それには答えられそうにない。俺だって聞きたいくらいなんだから。
どうやら森本の性格を見て、俺がこの場から立ち去れない意味がなんとなくわかったらしい。
「とにかく、行くぞ」
強引に話を打ち切った都築が、俺の腕を掴んでさっさと歩き出した。
問答無用でぶった切るなんて、さすが。俺もこのくらい強引に出れば良かったのか。
そこまでされて追いかけてくる程、森本も暇ではないだろう。
なんと言っても、自分の運命を賭けた時が迫っているのだから。
先に進みながらチラリと振り返ってみれば、案の定、諦めたように笑って手を振っている姿が見えた。
そして、都築に引っ張られたまま辿り着いたのは、俺の控室。
奏華の音楽ホールは、コンテストが催される事を念頭に置いて建てられた為、小さな個人用控室が裏方通路に沿って20部屋用意されている。
その内の1つ、ドアプレートに湊響也の名前が記載されている事を確かめてドアを開けた。
煩わしい視線から解放されてホッと息をついたのも束の間、ドアが閉まった瞬間、都築が恐ろしいまでの低音で声を発した。
「この包帯はなんだよ」
「………」
森本の出現ですっかり忘れていたけど、そうだった…、包帯が…。
都築の怒りの波動に一気に顔が青褪める。
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