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fantasia19

「それではただ今より、ピアノ部門の結果発表を行いたいと思います」 17時45分。 ピアノ部門全ての出場者がステージの上に集まった。 審査員は、ステージの横に並んでいる。 女性審査員は二人。その内の一人が木崎真弓さんだ。 今から結果が出るとあって、さすがにみんな落ち着きがない。 黙って立ってはいるものの、体のどこかしらが小さく動いている。 逆に俺は、変に覚悟が決まってしまったせいか、まったく緊張していなかった。 「6位、該当者無し」 該当者無しの言葉に、ザワリと空気が揺れる。 「5位。私立マリアンヌ女学院、冴凪美鈴」 数少ない女子参加者の一人が、名前を呼ばれた瞬間目を見開き、嬉しそうに「ハイ!」と応えを返した。 「4位、該当者無し」 またも該当者無し。 さすが、高校生部門では国内トップと言われる奏華のコンテスト。かなり厳しい審査だ。 残るのは後3つ。 半分くらいの者は、諦めの表情を浮かべて俯いている。 「ここから先、名を呼ばれた者は、18時から始まる授賞式に参加する事となります」 司会者がそんな前置きをした。 間違いなく木崎さんは優勝だろう。あれで優勝じゃなければ、誰もその位置には立てない。 残るは準優勝と3位。 どこかで、ごくりと喉の鳴る音が聞えた。 「それでは、3位の発表に入ります。…3位、私立聖ルカ音大付属高等学校、森本シズル」 お………どろいたなんてものじゃない。 あのヘラヘラしていた森本が3位? 俺は演奏を聴いていないからわからなかったけれど、それが少しだけ悔やまれる。聴いてみたかった。 「はい」 テンションの低い声が応えを返す。 チラリと斜め後ろを見てみれば、どこか悔しそうで、そして苛立たしそうな森本がいた。 3位なのに喜ぶ素振りもない。という事は、もっと上を狙える自信を持っていたのだろう。 純粋に、凄いなと思う。 …そして、次は。 「準優勝」 司会者の声に、場が一気に張り詰めた。 準優勝者は、学院が半分負担でドイツ留学に行けるとあって、エリートの印を押されるようなもの。奏華のコンテストで準優勝となれば、それは一種のステイタスにもなる。 「準優勝、該当者無し」 …該当者…無し…? 覚悟していたとはいえ、さすがにキツイ。 膝が崩れ落ちそうになった。 これで、俺と木崎さんの道は永久に分かたれたと宣言されたも同然。 周りのざわめきすら耳に入ってこない程ショックを受けている自分が笑える。 ダメだった場合の覚悟が出来ていたはずなのに、それでも心のどこかで、自分の中で最高の演奏が出来た事もあって、準優勝は取れるだろうという傲慢な思いがあった。 俺が甘かったんだ。こんな傷を抱えて弾いたら、自分では最高の出来であっても審査員の耳にはそれなりの音にしか聞こえなかったのだろう。 …当たり前の…結果か…。 自嘲の笑みが零れる。 離れた場所に立っている木崎さんの顔を見たら、気のせいか、険しいものになっているように思えた。 「それでは、優勝者の発表です」 司会者の声に、皆が木崎さんの方を見る。 ただ、何故か一部、俺の方を見ている人もいた。 …どうして俺を…? そして、俺と木崎さんを交互に見ている人もいる。 まさかその人達は、俺が優勝するかもしれないと思っているのか? ありえないだろう。ここでもし俺が優勝となるなら、木崎さんは入賞すらしない事になる。 それは絶対にありえない。 「今年度ピアノ部門の優勝者は、私立奏華学院、木崎皇志」 木崎さんの名前が告げられた瞬間、どこからも納得の溜息が零れだした。 耳慣れた声が「はい」と落ち着いた返事をする。 これで結果発表は終了。あとは、それぞれの部門の授賞式だ。 なんだか、全力疾走した後のようにドッと疲れが押し寄せてきた。 その時、 「そして、同じく私立奏華学院、湊響也」 「…………はい…?」 え、俺何かした? 今なんで俺の名前が呼ばれたんだ? 茫然としていると、何故かステージ上にいた出場者達が左右に分かれた。 …え…? 意味がわからないまま視線を向けると、 「奏華のコンテスト史上初、なんだと」 左右に分かれた人波の間を歩き、木崎さんが俺の目の前に立った。 「…な…にが…、ですか?」 「優勝者が2人出た事が、だ。…寝ぼけてんのか?」 そう言って苦笑いをする。 …いや…、だって…、 「………え!?」 俺が、優勝? 2人って…、 「嘘…ですよね?」 やっぱり茫然としたまま問えば、周囲からチラホラと笑い声が聞こえてきた。 俺があまりに間抜けっぷりを晒していたせいか、やはり苦笑いを浮かべた司会者が木崎さんの横に並ぶ。 「このコンテストは、参加者の中で順位を競うものではない事は知っていますね?コンテストの基準を満たすか満たさないか。満たせばそれが何人であろうと入賞し、満たさなければ誰も入賞できない。今回は、2人共が優勝の基準を満たしていたんですよ」 体の奥から、じわじわと熱が込み上げてくる。 「…俺、…優勝、したんだ…」 「あぁ。俺の隣にいるのは、これから先もずっとお前だけだ」 優しい声と優しい微笑みに、喉の奥から何かがせり上がってくる。 歓喜・驚愕・混乱・安堵。 そして、どうしようもない程、木崎さんが好きだという想い。 ただ立ち尽くしている俺を見た木崎さんは、クスリと笑い声をあげてその腕を伸ばし、力強く抱きしめてくれた。 そんな2人の様子を見ていた森本シズルは、一言「参ったね」と呟きながら深い溜息を1つ零す。 優勝も、気に入った人物も、全て木崎に持っていかれてしまった。 参ったと言う他にどうしようもない。 自分なら木崎皇志よりも上に行けると思っていた、それが実際はどうだ、準優勝の基準すら満たせなかった。 今まで、声をかけて靡かなかった相手はいない。それが実際はどうだ、湊響也は自分に靡くどころか眼中にすらなく、その綺麗な瞳は木崎皇志だけを映している。 完敗だ。今の俺では木崎皇志を超える事は出来ない。 「…まだまだ精進が必要って?」 今度はハァ…と軽い溜息を1つ。 色々な経験をするたびに目標が増えていく。だからこそ人生は楽しいってね。 もう一度奏華の2人に目をやった森本は、肩を竦めて苦い笑いを浮かべた。

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