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fantasia20
ピアノ部門の結果発表が終わり、あと10分もしない内に今年度コンテストの授賞式が行われる。
ステージ上にいたピアノ部門の生徒達は全員下に降り、ステージ上では授賞式の準備が始まった。
そんな様子を眺めていても、まだフワフワした変な気分が抜けない。足が地に着かないというか…、実感がわかない。
「もうすぐ声楽とヴァイオリンの入賞者も来る」
隣に立つ木崎さんの言葉に、そういえば…と周囲に視線を巡らせた。
声楽部門では、柳先輩が優勝、御厨先輩が準優勝、3位は該当者無し。
ヴァイオリン部門では、棗先輩が優勝、準優勝は該当者無しで、3位が鬼原。
森本以外は全員奏華の生徒だということに、今更ながらに感嘆の思いが込み上げる。
彼らの姿はまだない。今頃、控室でスーツに着替えているのだろう。
そんな事を考えていると、一人の男性が俺達の方に近づいてきた。
「優勝おめでとう」
「有難うございます」
「有難うございます」
ダークスーツを着た壮年の男性。審査員の一人だ。
何故俺達のところに?
そんな疑問が読みとれたのか、その人はにこりと微笑んだ。
「湊君に伝えておきたい事があってね。少し、話をしてもいいかな?」
穏やかに話すその人に、戸惑いながらも頷き返した。
「実は、今回の審査は物凄く難航したんだよ。その理由は、君が一番よくわかっていると思う。『コンテストに怪我をしながら挑むなんて、真剣味が足りないからだ』…大部分の審査員はそう言った。けれど、木崎さんがね、『そんな事は関係ないと思います。あの素晴らしい音楽を奏でられた事が、あの生徒の持っている実力。このコンテストは、素晴らしい音楽を奏でた者に賞を与えるコンテストです。心の震える演奏なんて久し振りに聴いたわ。…確かに、怪我をしてコンテストに臨むなんて注意力不足だと思います。でも、彼の音楽に対する情熱も見えたのではないかしら。彼の指から奏でられた音、それが全てを表している…と、私はそう思いますが、皆様はどうでしょう?』そう言いきって、湊君の後押しをしてくれたんだよ。木崎さんのその言葉にみんな驚いてね。いや、目から鱗だったよ。確かにキミの演奏は素晴らしかった、もう一度聴きたいくらいだ。…優勝に値する力と情熱を持っていると、みんなが認めたんだよ」
「…………」
奥歯を噛みしめていないと、唇が震えそうになる。そのくらい驚いて、嬉しかった。
隣では、木崎さんも驚いたのか、信じられないような顔をして「ハハッ…、マジかよ…」そう呟いている。
木崎さんと離れさせる為には、どれだけ俺が頑張っても、真弓さんは俺に票を入れる事はないだろうと思っていた。
それなのに、まさかこんな…。俺のピアノを認めてくれるなんて…。
思わず縋るように木崎さんのスーツの袖を掴む。
そんな俺を見た木崎さんは、面映ゆそうで嬉しそうな、そしてどこか泣きそうにも見える笑顔を浮かべていた。
18時10分。
いよいよ授賞式が始まる。
それなのに、ホール内は物凄くざわめいていた。
…俺も一緒にざわめきに加わりたい、なんて思う。
だって…、
「響ちゃん、おめでとう」
「や…なぎ…先輩も…、おめでとう、ございます」
だって!柳先輩が!!
「………前髪、全開…」
にしてるんだ。これが驚かずにいられるか。
びしっと決めたスーツ姿に、髪をワックスで軽く後ろに撫でつけ、顔が思いっきり露出されている。
これは危険だ。和風の清廉さと鋭さを醸し出す見事な男前っぷり。
今も客席からは、溜息と共に熱い視線が注がれている。
声楽部門コンテストの時に凄いざわめきが起きたと聞いたけれど、たぶん原因は柳先輩のこれだ。
何回か見た事がある俺でさえ、こうやってまともに顔を合わせてしまえばオロオロと動揺しそうになるのに、初めて見る免疫の無い人達にはたまらないだろう。
「賭けは俺の勝ちだ。響也を見るんじゃねぇよ」
不機嫌な木崎さんの声が聞こえたかと思えば、俺の目元がその手の平に覆われてしまった。
…何も見えない。
「大人げないなぁ木崎君。僕が賭けに負けたかて、響ちゃんを見る権利まで奪われた訳やおへん。棗くんもそう思うやろ?器が小さい男は嫌われますえ」
「柳先輩、木崎を挑発するのはやめて下さい。風紀が乱れます」
「脩平、その“風紀が乱れます”言うの、口癖になっとるやろ。高校生男子の口癖とは思えへん渋さ、」
「黙って下さい」
「まぁまぁ、柳先輩も脩平も落ち着いて」
「………」
ステージ上がカオスになっている。誰かどうにかしてくれ。
目元から木崎さんの手を外して周りを見てみれば、何故かヴァイオリンの鬼原が森本に弄られているし…。
本当にカオスだ。誰がこの収拾をつけるのか。
「皆様お静かに願います。それではただ今から、今年度奏華音楽コンクールの授賞式を始めたいと思います」
アナウンスが流れた瞬間、本当にホッとした。司会者に感謝したい。
さすがに先輩達も場を弁えているとあって、それまでのふざけたやりとりはなんだったのか、まるで人が変わったようにピシリと態度を改めている。
そうやって真面目にしていると、この人達は醸し出すオーラからして本当に凄いと感じる。
それぞれが端正な顔をしていて長身。ハッキリ言って華やかだ。この中に紛れ込みたくない。
…と思っているのは、実は響也だけ。
まさに「気付かぬは本人ばかり」
自分の事に関しては少々鈍い響也。
涼やかな容貌。時折浮かべる物憂げな表情が色っぽい、と、校内には結構な人数のファンがいるのに全く気が付いていない。
授賞式だけはチケットが無くてもホールに入れるとあって、客席後方に設けられた立ち見席には、奏華の生徒や外部学生が多数見に来ている。
その中にはもちろん響也を目当てに来ている者もいて、ステージ上にいるその姿を見ては、うっとりと見惚れている。
個性の強烈なメンバーの中にいると、響也はまるで透き通った清水のような存在を際立たせている。
そして、その場に並んでいるヴァイオリン科の鬼原も、癒し要員としか思えない程にホワッとした可愛らしさを醸し出していて、彼のファンである生徒達も嬉しそうに見守っていた。
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