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fantasia21

「声楽部門。準優勝、私立奏華学院、御厨脩平」 「はい」 御厨先輩が前に出て、役員から賞状とトロフィーを受け取る。 いつもは無表情の御厨先輩が、この時ばかりは小さな微笑みを浮かべた。 普段笑わない人の笑顔はなんとも強烈で…。客席から小さな悲鳴が上がった。 「声楽部門。優勝、私立奏華学院、柳聖人」 「はい」 御厨先輩が下がり、次は柳先輩が前に出て役員から賞状とトロフィーを受け取る。 こんな時でも柳先輩は飄々としていて、嬉しいのか嬉しくないのかすらわからない無表情だ。 でもそれがまた格好良さを強調してしまったのか、客席が更にざわめく。 どこかの芸能人がいるかのような空気になっていると感じるのは、俺だけだろうか。 「ヴァイオリン部門。3位、私立奏華学院、鬼原虎次郎」 「は、はいっ」 鬼原の顔を知らなかった外部の生徒は、名前と本人の容姿のギャップに驚きの声を上げているのが可笑しい。 ただ、本人はいつもの如く顔を真っ赤にして挙動不審だ。 役員の前に出る時、右手と右足が一緒に出ている事に気がついているのだろうか。 今にも倒れそうな鬼原が賞状とトロフィーを受け取って元の位置に戻ると、その目には薄っすら涙が浮かんでいた。 間違いなく、感動じゃなくて緊張の涙だ。 「ヴァイオリン部門。優勝、私立奏華学院、棗彼方」 「はーい」 なんとも緩い返事。やっぱり棗先輩は、どこにいても棗先輩だ。 ニコニコと満面の笑みで賞状とトロフィーを受け取り、客席に向かって、まるで舞台挨拶のような派手なお辞儀をして元に戻った。 王子様と言われる棗先輩のそんなパフォーマンスに、客席から黄色い歓声が上がったのは言うまでもない。 そしていよいよピアノ部門の番だ。 「ピアノ部門。3位、私立聖ルカ音大付属高等学校、森本シズル」 「はい」 この時ばかりは、森本も真剣な顔をして役員から賞状とトロフィーを受け取っている。 こうやって真面目にしていれば、たぶんモテるんだろうな…とは思う。 …なんて思った俺が甘かった。 客席からの拍手に会釈で返した森本は、戻ってくる時に目が合ったかと思えば、思いっきりウインクをしてきた。 前言撤回。やっぱりダメだ。チャラい。 そして、森本のその行動は小さな波紋を生んでくれた。 「他の奴を見てんじゃねぇよ」 隣に立つ人物からの、少々不機嫌な声。 チラリと見てみれば、面白くないとハッキリ表情に出している木崎さんのムスっとした顔があった。 余計な火種を作ってくれた森本を恨みたい。 「ピアノ部門。優勝、私立奏華学院、木崎皇志。同じく私立奏華学院、湊響也」 「はい」 「はい」 今のやり取りに気を取られて忘れていたけど、そういえば俺達の番だった。 木崎さんより一歩遅れて前に出る。 賞状とトロフィーを受け取り、その重みを実際に感じると、それまで夢みたいだった“優勝”という結果がジワリジワリと染み込んでくる。 「素晴らしい演奏だったよ」 役員のその言葉に、俺も木崎さんも自然と笑みが浮かぶ。 自分が奏でた音楽を他人に認めてもらえるのは、なんと嬉しい事か。 全ての授与が終わり、受賞者はステージ上に横一列に並んだ。 ホール中から湧き起こる拍手喝采に、恥ずかしくも目頭が熱くなる。 「今年度、私立奏華学院音楽コンテスト、これにて終了となります。皆様、有難うございました。また来年も宜しくお願い致します」 司会者の挨拶と共に一礼した俺達受賞者は、鳴りやまぬ拍手の中、ステージを後にした。 ステージから降りて控室の並ぶ通路に出ると、肩を叩き合いながら互いに健闘を讃えあった。 「響ちゃんと皇志は、留学どうするの?」 不意に問いかけられた言葉に、その場にいた皆が静かになる。 受賞した喜びから一転、今度は次に向かっての目標を定める時。 「そういうお前はどうするんだ?彼方」 「僕?僕はもちろんドイツに行くよ。タダだしね」 「重要なのはそこですか」 思わずツッコミを入れてしまったけれど仕方がないだろう。今の言い方だと、タダじゃなければ行かないとすら聞こえたのだから。 相変わらず棗先輩は気負いがない。 「僕は一年の時に行ったさかい、今回は行くつもりあらへん」 そうだった。柳先輩は二度目だ。流石というかなんというか…。 流れに乗って御厨先輩を見ると、先輩はハッキリと頷いた。 「私はドイツに行く。…向こうでもお前の顔を見るかと思うと頭が痛くなるがな」 棗先輩に向けられた視線。途端に「脩平のツンデレさんっ」と棗先輩が笑う。 御厨先輩にそんな事を言えるのは、たぶん棗先輩だけだと思う。 「…で?お二人さんはどうすんの?」 結局、答えが出ていないのは俺と木崎さんだけ。 森本のその問いに、視線が集中した。 「俺は…、」 「そんなのお前らに教えるわけないだろうが」 俺の言葉を遮って木崎さんが言うと、何故か全員がいっせいに溜息を吐いた。 大人しい鬼原までもが苦笑いを浮かべている。 「ちょっと、木崎さん」 なんとも言えない雰囲気に木崎さんを諌めようと名を呼んだ、その時。 「皆さん。受賞おめでとう。とても素晴らしい演奏でした。これからも頑張って下さいね」 背後から聞こえた、柔らかな響きを持つ女声。 振り向くと、通路の向こうから、木崎さんの母親であり今回の審査員の一人もである木崎真弓さんが、淑やかな歩みで姿を現したところだった。

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