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coda1

§・・§・・§・・§ 翌日の学院内では、コンテストの結果発表が貼り出され、それはもう大騒ぎになった。 それに付随して、柳先輩の素顔を隠し撮りした写真がかなりの高額で裏取引されたとか。 気持ちはわからなくもないけれど、対象が柳先輩かと思うとなんとなく微妙な気持ちになる。 同じクラスから優勝者が出た事を誇らしいと思ってくれたのか、普段は俺に関わってこないクラスメイトが、今日だけは朝から祝いの言葉をかけてくれるのが、嬉しいと言えば嬉しいし、複雑な気分と言えば複雑な気分。 たぶん冬休みまでの数日間は、この騒ぎが続くのだろう。 ただでさえ今日から午前授業になるとあって皆そわそわしているのに、浮足立っているどころじゃなく授業にすらなっていない。 先生達も毎年の事だと諦めているようで、特に注意もなく半日が終わってしまった。 教室でも廊下でも、見知らぬ相手からひっきりなしに声をかけられるこの状態。もしかしたらコンテストよりも疲労度は激しいかもしれない。 昼になって、これでようやく寮に戻れると本気で安堵しながら昇降口に向かえば、そこには更に騒ぎを大きくする要因が待っていた。 …というか立っていた…。 「木崎さん」 「生徒会の仕事もさすがに今日は免除なんだと」 「そう…ですか…」 どうやら俺を待っていてくれたらしい。 それは嬉しいけど、周囲の視線が痛い。 あちらこちらから「優勝の…」とか「2人同時に…」とか声が聞こえてくる。 考えてみれば、こんな風に一緒に帰るのは初めてだ。 それは周りのみんなも思ったようで、 「なんで会長と湊君が?」 「最近二条先輩見ないよね」 「もしかして、会長と湊君って…」 耳に入ってくる内容が徐々に変わってきた。 「木崎さん、早く行きましょう」 そう言って急かす俺の気持ちが読めたのか、木崎さんはフッと笑いながらもすぐに歩き出してくれた。 でも、俺達のその足も、昇降口を出た途端止まる事に。 「…あ…」 「………」 目を見開く俺と、小さく舌打ちをする木崎さん。 そんな対照的な反応に、目の前に立つ相手もさすがに苦笑いを浮かべた。 「気持ちはわかるが、そこまで露骨に嫌がるな」 音楽棟昇降口の目の前に、ちょうど今辿り着いたばかりと思われる藤堂さんと飛奈さんが立っていた。 「お久し振りです」 2人に会釈すると、穏やかな笑みが返ってくる。 この組み合わせで会うのは、あの合同会議の時以来。 本当に久し振りで、それもこんな穏やかに顔を合わせる事ができるなんて…、少し前の俺達には考えられなかった事だ。 「お二人に、優勝のお祝いの言葉を贈りたくて来てしまいました」 飛奈さんの言葉で、ここに2人がいる意味がわかった。 と同時に恐縮してしまう。 「木崎も湊も、おめでとう。音楽に詳しくない俺にも2人の凄さは伝わってきた」 「おめでとうございます。本当に凄かったです。感動しました」 改めて言われると照れ臭い。 「ありがとうございます」 礼を言う俺と、 「………」 会釈だけする木崎さん。 3年である藤堂さんと飛奈さんは、この秋に生徒会から解放され、いまは後輩達の相談役になっているという。 だから、ここまで来る時間の余裕があったのだろう。 それなのに、無表情ながらもどこか不機嫌さが伝わってくる木崎さんは、そのまま俺の腕を掴んで歩き出そうとする。 「ちょっと、木崎さん!」 せっかく2人が来てくれたのに、これだけでいいのか? …なんて慌てたけれど、数歩進んだところで突然木崎さんは足を止めた。 そのまま数秒、何かを思案するように沈黙していた木崎さんは、ゆっくりと振り向いて真剣な眼差しを藤堂さんに向けた。 そして、一言 「有難うございました」 そう告げた。 驚いて木崎さんを凝視する俺の視界の端で、藤堂さんが微かに笑んで頷く姿が映る。 え?なに? 戸惑う俺の腕を掴んだままの木崎さんは、今度こそ本当に歩き出した。 引っ張られるままに足を踏み出した俺は、とにかく背後の2人に頭を下げるだけで精いっぱい。 飛奈さんが笑顔で小さく手を振ってくれた。 木崎が藤堂に告げた感謝の言葉。 響也と付き合っていた過去をもつ藤堂が響也に話しかける事が、面白くなかった。 でも、響也が辛かった時に支えてくれていたのは藤堂だ。 あの時に響也が潰れなかったのは、間違いなく藤堂のおかげだろう。 そして、自分に響也を託してくれた想い。 それら全ての気持ちを込めた、感謝の言葉。 藤堂も、その一言にどんな思いが詰まっているのかを察しての頷きだった。 2人の間にだけ存在する様々な想い。それが繋がり、昇華された瞬間だった。 引っ張られたまま辿り着いたのは、木崎さんの寮部屋。ここに来るのも久し振りだ。 部屋の中は、以前にも増して楽譜が散乱して大変な事になっている。 それらを片付ける時間もなかったんだろう。 実際、俺の寮部屋も今は雑然としている。 「何か飲むか?」 「今は、いいです」 さっきの藤堂さん達の事で胸がいっぱいになってしまって、とても何かを口にする気分じゃない。 小さく息を吐きだしながらラグの上に座ると、木崎さんも隣に腰を下ろした。 「終業式の日に、ドイツに行くかどうかの返事をするのは知ってるな?」 「はい」 「期間は、1月の中旬~7月の中旬までの半年」 「はい」 自分がドイツ留学に行けるなんて、いまだに実感がわかない。 とりあえず日常会話くらいなら英語は話せるけれど、向こうでは英語は使われず、ドイツ語がほとんどだとか。 とりあえずなんとかなるだろうとは思うけれど、さすがに少し不安だ。 でも、木崎さんは不安なんて微塵も感じていないらしい。 それどころか、ドイツに行っても棗先輩と御厨先輩の顔を見る事に疲労を感じているようで、それに対しての溜息を吐いているのがなんとも可笑しい。 「時間はあまりない。準備しておけよ」 「はい」 今更、ドイツに行くか?なんて問い掛けはない。なんの疑問もなく、行く事前提で話が進んでいる事が嬉しい。 わざわざ言葉で確認しなくても、お互いの気持ちがしっかり繋がっているのがわかる。 それに、こんな話を何気なくしながらも、木崎さんの手が俺の体のどこかに触れている事が、とてつもない幸福感を運んでくる。 肩を抱いていた手が頭にまわり、髪を撫でられ、首筋に触れたかと思えば、腕を辿って手首に辿り着く。そして優しく指を絡ませ、恋人繋ぎになる。 常にどこか触れている木崎さんの体温が、くすぐったくて嬉しい。 「響也」 「なんですか?」 「24日と25日は、空けておけ」 「…わかってます」 数日後のクリスマス。 恋人になって初めて迎える聖なる夜。 2人で過ごせる事を思って、心がフワフワと温かくなった。

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