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Zwei

一旦自分の部屋に戻って荷物を置いてきただろう木崎さんは、財布とスマホを持っているだけ。 キッチンに立つ俺の背後から、手元の鍋を覗き込んでくる。 「ポトフ?」 「はい。あとは肉野菜炒めとご飯です」 「よく米を見つけたな」 「棗先輩が売ってるお店を教えてくれました」 同じアパート内の別の部屋に住んでいる棗先輩は、ここでも思う存分に好奇心を発揮していろんなものを発見している。あの人に物怖じという言葉は存在しないのだと思う。 「炊飯器は?」 「鍋で炊く方法をネットで探しました」 そう言うと、小さな笑い声と共に頭をぐしゃりと撫でられた。 「講師、どうだった?」 夕飯を終えて片付けまでしたところで、リビングのローソファーに座って今日起きた出来事を報告しあう。 朝、俺がかなり不安そうにしていた事を思い出したのか、木崎さんが最初に聞いてきたのは担当講師の事だった。 「俺の心配し過ぎでした。エリアス・クリューガーって名前の優しくて紳士的な人で、教え方も凄く丁寧でした。あの先生なら安心してやっていけそうです」 エリアスの穏やかな笑顔を思い出して、ホッと安堵の溜息をこぼす。 年齢は30歳前後のノーブルな美青年。指導は厳しいものの、言い方や物腰が柔らかいせいで萎縮することはない。 こちらの言葉がたどたどしくても苛立つ様子も馬鹿にする様子もないから、わからない事や気になる部分は遠慮なく聞ける。 本当に良い講師に恵まれたと思う。明日からのレッスンもとても楽しみだ。 と、浮かれた気分で話していたけれど、ふと見た木崎さんが物凄く不機嫌そうな表情を浮かべている事に気付いて口を閉じた。 …怒ってる…?え、なんで? 「あの…、木崎さん?」 横目でジロリと睨まれる。 意味が分からず戸惑う俺をジーッと見つめてきたと思えば、今度は深く溜息を吐かれてしまった。 「あまり隙を見せて懐くなよ?」 「え?」 「こっちは日本とは感覚が違うって事を頭に入れておけ」 「それは、わかってますけど…」 「わかってねぇだろ。日本人とは違って、気に入れば遠慮なくアプローチしてくるから気を付けろって言ってんだよ」 「………」 それはまさか、講師であるエリアスの事を言っているのだろうか…。 想定外の言葉に瞠目した。 だって、それはない。俺はただの留学生で、その他大勢の内の一人だ。それに、あんな素晴らしい人が俺にそういう興味を持つはずがない。 物凄い勘違いをしている木崎さんがおかしくて、少し笑ってしまった。 「それはありえないです。でも、気を付けるから大丈夫」 それでもまだ木崎さんの眉間からシワは消えない。どうしたらいいのだろう。 困りながら首を傾げて木崎さんを見ると、大きく綺麗な手が伸びてきて首筋に当てられた。 指先で肌をなぞるように撫でられて、くすぐったさに首をすくめる。 それから逃れようとした瞬間、身を乗り出した木崎さんの顔が目の前に来て…。 「……ッ」 唇を塞がれた。 最初は啄むように軽く。こちらの緊張が解けたのがわかると、それは一気に深くなる。 舌が差し込まれ、絡めとられ、嬲られ。 唾液や呼吸までもが奪われるほど貪られる。 クチュリと鳴るいやらしい音に耳を塞ぎたくなるも、そんな余裕さえ根こそぎ奪われるほど深く混じり合う。 ただキスをしてるだけなのに、まるでセックスをしてる時みたいに呼吸が乱れて体が熱くなる。 チュッという小さなリップ音と同時にようやく解放されたのは、かなり時間がたってからの事だった。 肩で息をする俺の頬を手の平で覆い、 「浮気したら許さねぇぞ」 そんな事を言ってくる木崎さんに、 「…そ…れは、こっちのセリフです」 幼い憎まれ口を返すのが精一杯だった。

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