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Drei

翌日。 午前中の練習を死に物狂いで終わらせたところで、疲労にフラフラしながら構内のカフェテリアへ向かった。 エリアスの、優しくも容赦ない指導に全生命力を持っていかれそうになり、これは体力を回復しなくては午後がもたないと自覚する。 お昼は木崎さんと約束をしていない為、気ままに好きなようにとっている。 時々タイミングが合えば、棗先輩とか御厨先輩とお昼を一緒に取る事もあったりして、あまり一人になる事はない。 今日はエリアスから誘いを受けたけれど、木崎さんとの事を思い出して丁重にお断りをした。 たぶん、構内のカフェテリアで昼食をとるくらいなら、疚しくもないし密室で二人きりでもないのだから気にしなくていいのかもしれないけど、それでも木崎さんは面白くないだろうな…と思ってやめてみた。 そんなこんなで一人で廊下を歩いている時だった。 ふとみた窓の向こう、大きな噴水のある中庭を歩く二人の人物が視界に入った。 本当に偶然。最初は全然気づかなかったし、外を歩く留学生なんてたくさんいる。 だから今も、自分の知らない誰かだと思って何気なく見ただけだったんだ。 でも…。 「……あ…」 思わず足を止めた。 外を歩いている人物が、自分のよく知る人物だったから。 ……木崎さん…。 欧米人に負けないスタイルの良さと端正な顔立ち。こちらに来た早々から留学生女子達にアプローチをされていると聞いた。 俺なんて、何度言ってもいまだに中学生だと思われてるというのに…。 今も木崎さんの隣には、ブロンド美人が並んで歩いている。出るところは出て引っ込むところは引っ込むという完璧なスタイルの女性。 面白くないけれど、こればかりは仕方がない。異性に関わらないように生活するなんて無理だってわかってる。 そう自分に言い聞かせた。 けれど。 さすがに、腕にピッタリと抱き付かれたのを見て冷静でいられるほど、大人じゃない。 すぐに振り解いてくれるだろうという希望をよそに、木崎さんはされるがまま。並んで歩き去ってしまった。 今の時間を考えると、これから二人でお昼を食べに行くのかもしれない。 ……二人が親しそうにしているのを近くで見るなんて無理だ。 ギュッと痛くなる心臓から目を逸らして、カフェテリアへ向けていた足を逆方向へ戻した。 「ただいま」 「……おかえりなさい」 「悪い。今日は早く帰れると思ったけど、練習が長引いて無理だった」 今夜も木崎さんの方が遅かったから、夕食の支度は俺の方でやった。それは別に気にならないけど、もしかしたら遅くなる原因は昼間のあの女性のせい?…なんてそっちの事が気になってしまう。 練習が長引いたと言った言葉を信じきれない自分が女々しくて嫌になる。 「響也?」 俺が黙り込んでいたからだろう、ソファに座り込んでいた俺を木崎さんが覗き込んできた。 目を合わせられなくて、思わず顔を背ける。 そんな事をして疑問に思われないわけがない。 案の定、木崎さんが眉を寄せて隣に座った。 「どうした」 「…なんでもないです」 「なんでもない訳ないだろ」 腕を掴まれて木崎さんを見るように引っ張られる。それでも顔を背けようとする俺に業を煮やしたのか、 「響也」 低く物騒な声が名を呼んだ。 苛立っているようにも聞こえるその声に、――押さえていた不安が堰を切った 「…ッ…俺にはエリアスに気を付けろとか言っておいて、自分はなんなんですか!」 「何の事だ…」 「木崎さんが女性に抱き付かれたまま歩いているところを見ました…っ」 言葉にしてみたら、それが事実だと思い知らされて目頭が熱くなった。 俺はこんなに嫉妬深かったんだ…、なんて、もう一人の冷静な自分がどこかで考えている。 だって、今までは全寮制の学院にいて、木崎さんが女の人と一緒にいるところなんて見た事がなかった。 それが、ここに来てから女性にモテまくりで。実は結構不安だった。 そんな中であんなブロンド美人に抱き付かれて突き離しもしない木崎さんを見て、物凄く怖くなったんだ…。 唇を噛みしめて、これ以上感情的になる事を抑えていると、小さな溜息が聞こえた。 「…あぁ…、あの人はそんなんじゃねぇよ」 「……」 「あれが俺の講師、Johanna(ジョアンナ)Clausewitz(クラウゼヴィッツ)」 「!」 思わず目を見開いた。 という事は、練習が長引いて帰りが遅くなったというのは、彼女と一緒にいたから…。 俺とエリアスの関係と同じだとはわかっていても、昼間のあの光景が目に焼き付いて離れない。 なんでこんなに悲しくてイライラするのかわからない。 「…もう、いいです」 「は?もういいですってなんだよそれ」 「もういいからいいって言ったんです!…すみません今日は一緒にいても喧嘩になるだけなので帰ってもらえますか」 「………」 暫くの間黙って俺を見ていた木崎さんだったけど、少ししてから何も言わずに立ち上がるとそのまま部屋を出て行ってしまった。 ドアが閉まる音と同時に、目から雫が零れ落ちる。 …なんであんなこと言ってしまったんだろう…。なんでこんなに感情がコントロールできないんだろう…。 頭の中がグチャグチャで、そのままソファに蹲って夜を過ごした。

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