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「昨日は制服しばりだったけど。今夜は違うよ?」
蝶ネクタイに白ワイシャツの親父が、小首を傾げて、カウンターで不機嫌にコーラを飲む俺を見てきた。
「貴様のせいで……」
俺は、隣でビールを飲んでいる店のオーナー兼親父の恋人を睨みつけた。黒色のスーツに濃いグレーのワイシャツをびしっと決めた男は、フッと口元を緩めて笑うと、ビールジョッキをテーブルに置いた。
「今夜はツインテール。まあ、なかなか似合うんじゃないか?」
親父の恋人である二ノ宮侑史が、俺のウィックの毛先に指を絡めて満足そうに微笑んだ。
だから。あんたが、制服しばりを提案しなければ、俺はこんなことにはならなかったんだよ。満足そうに笑うな、馬鹿野郎が。親父の恋人が男ってだけでも、虫唾が走るところを、どうにか納得するところまで気持ちを落ち着けさせたんだから、な。感謝しろっての。
それを己の私利私欲のために、俺でいろいろと遊びやがって。
「昨日のお客様、和泉の制服に相当、執着してたもんね」
親父がグラスと布巾で綺麗に拭きながら、何度もうなずいた。昨日の出来事でも思い出したのだろう。親父は昨日の客が、俺の通っている学校の教師だとは気づいていないらしい。
担任じゃねえし。化学担当の教師だから、わからなくてもいいけど。執着じゃねえよ、あれは。脅しっていうんだ。
自分の性癖がバレそううになったから、俺を脅迫してんだよ。俺を恥ずかしめて、さらにお互い口を割らないような事実をつくっておけば、自分の性癖がバレねえって。ついでに、俺でおいしい思いをして、一石二鳥だろ。
『制服着て、待ってろ』って頭、おかしいだろ。あいつ。
言いつけ通り、昨日と同じ制服でバイトしている俺も俺だけど。あいつが来る可能性だって低いわけだし。
現に、九時を過ぎてもあいつは来てねえし。おかげで、親父の恋人の相手って……なんなんだよ。
まあ、バイトって言っても、いつも親父の恋人の相手しかしてねえけど。なんとなくチラつかせておけばいい、的なことを親父たちは言う。こういう可愛い娘もいるんだ、的なチラ見せが俺らしい。傍から見れば、ただの女装好き男子高校生にしか見えねえ立ち位置だろって思うけど。他のバイトをするより、時給がいいからつい、ね。やっちまうわけだが。
「丈瑠さん、今夜は泊って行ってもいい?」
二ノ宮が親父を愛おしそうに見つめながら、口を開いた。
「週末じゃないからダメ。侑は朝が早いんだから。もう帰りなさい」
「そうやってすぐ子ども扱いする」
二ノ宮が不満そうに口を尖らせた。
息子の前で、夜の話をすんなっての。性欲の強い年下男を捕まえておいて、親父はいつもそうやってはぐらかして。
いやいや、別に二ノ宮を受け入れてるわけじゃねえけど。一般論な。俺だって欲があふれる男子だからな。気持ちはわかる……が、女に対してだから。
「息子の前でそういう話すんな。俺、ダチんとこに泊まるから。二ノ宮、泊ってけよ」
「ありがと、和泉ちゃん」
二ノ宮が嬉しそうに笑って、俺の脳天にキスを落とした。
「やめろって! マジ、きもいから」
俺は二ノ宮の手を振り払うと、立ち上がった。
「どこに行くの?」と親父が心配そうな顔をした。
「スマホをとってくる。泊まるとこ、決めたいから」
俺は店のバックルームに向かうため、店内のドアのほうへと歩き出した。
カウンターの端で座っていた男がちらっと視線をあげると、俺の手を掴んでくる。
俺は「あ?」と言いながら視線を動かすと、東城先生が俺を睨んでいた。
「イズミちゃん、良かった。この人、イズミちゃんをご指名で……」と先生の隣で接客をしていたユカリンが慌てて立ちがると、俺の陰に隠れるかのように寄ってきた。
『オーナーの接客してたから、呼びに行けなくて。この人、めっちゃ怖いから』
俺にこそっと耳打ちしたユカリンが『では失礼します』と逃げるように去っていった。
怖い? こいつが?
確かに不機嫌丸出しの顔だけど。怖くはねえだろ。
「スマホ、取りに行きたいんだけど」
「客を待たせるのか?」
「待たせていいなら」
早く今夜の寝床を決めたいし。こいつの相手をする前に、スマホでダチにラインしておきたい。数打ちゃあたるんだ。早めに連絡はしておきたい。
「金を払う客を待たせるんだ」
「一分も待てねえのかよ」
「ずいぶんと待たされたから」
「……たく」
俺は先生の隣に座ると、『はあ』とため息をついた。
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