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side.楠木 1
───これは困った。
つい今しがた、隣のクラスの生徒から受け取った手紙を見詰めて、楠木友春は溜息を零した。
いや、そもそもこれは手紙と呼んでもいいのだろうか。
どう見ても、適当に千切り取られたキャンパスノートの一ページ。それをこれまた適当に四つ折りにしただけのもの。
おまけにその内容も斬新だった。
『 果たし状
拝敬
一年にしてI高トップの強いクスノキ様
夕方五時 図書館裏の〇〇公園にて待つ
勝負でござる 』
……さあ、どこから突っ込もうか。
果たし状なるものを受け取るのなんて、後にも先にもきっとこれっきりだろう。
しかし、送りつけられた理由に全く心当たりがない。
冒頭の『果たし状』に関しては、いっそ一周回って新しいから一先ず置いておくとして。
盛大な出オチ、『拝敬』。恐らく『拝啓』と書きたかったのだろうけれど、誤字はさておき、果たし状に『拝啓』なんてわざわざ書くものなんだろうか。
更にその先も、楠木にはよくわからない言葉がつらつらと並んでいる。
───『I高トップ』って、一体何のこと?
学年? それならまだ一年生の楠木は、最下級生だから違う。
だったら、身長とか? 190センチを超えている楠木は確かに長身ではあるが、男子バレー部には2メートル級の生徒が何人か居るからそれも違う。
他に『トップ』と言われて思い当たることといえば、一学期の期末テストの結果が一位だったことくらいだろうか。
けれど楠木の成績が良いのは、夫婦揃って教師という両親の教育の賜物だと思っているし、たまたま期末では学年一位だっただけで、校内一かと言われたらそんな自信はない。
仮に『トップ』がテスト結果を意味しているとしても、『強い』って、何が? テストに強い、ってこと?
でもそれだと、その先の文章と繋がらない気がする。図書館ならまだしも、公園で成績を競い合うようなことはないだろう。
だとしたら、『強い』と聞いてピンとくるものは、楠木が所属しているバスケ部くらいだ。
I高男子バスケ部は、インターハイ常連の強豪と言われている。有り難いことに楠木は一年にしてレギュラー入りさせて貰っているが、バスケはチームスポーツなのだから、別に楠木だけが突出して強いというわけでもない。
なのにどうしてこの手紙(という認識でいいのか不明だが)の差出人は、楠木のことを『I高トップで強い』なんて思っているのだろう。
おまけに『勝負』と書いてあるのに、肝心の日付が書かれていない。
夕方五時って、それは今日? 明日? それとももっと先?
ノートの隅っこに慌てて書き足したような字で名前が書かれていたが、その名にも楠木は覚えがなかった。
勝負というくらいだから、1on1でも挑まれているんだろうか。
この手紙を受け取った生徒から、差出人は「茶髪にピアスのK高生だった」と聞いているが、何度か練習試合をしているK高のバスケ部にも、茶髪にピアスの部員なんて居なかったように思う。
そして文末の『ござる』に至ってはもう、どうしてそうなったとしか言えない。突然の武士、もしくは忍者?
これまで女子から手紙をもらうことはしばしばあったが、男子からの手紙を受け取ったことはないので、相手の意図がいまいちよくわからない。
イタズラにしては拙すぎる気がするし、嫌がらせだとしても今時『果たし状』は無いだろう。それに何より、書き殴られた文字から、とてつもない勢いとパッションだけは伝わってくる。
結局のところ、敬われているんだか、敵視されているんだか。
可能なら取り敢えず会うだけ会って、まずはこんな手紙を寄越した理由を聞きたいのだが……。
「……平日の夕方って、基本部活なんだよな」
一年で早々レギュラー入り出来たからには、さすがに部活をサボるわけにもいかない。
せめてそれを伝えられればいいのだが、名前はあっても連絡先が書かれていないので伝える術もない。
一方的に呼び出されたとはいえ、黙ってすっぽかすのは性に合わないのだけれど。
でも仕方ないか…、と再び小さく溜息を吐いたところで、「なに見てんだよ?」と突然背後から声が飛んできた。
クラスメイトでもあり、同じバスケ部員でもある加藤が、長身の楠木の脇からヒョイと手元を覗き込んでくる。何となく見られてはいけない気がして咄嗟に紙を畳んだが、目敏い加藤はその一瞬の隙に隅っこの字を盗み見たらしい。
「『淳平』!? え、なに、お前とうとう野郎にも告られたのかよ!?」
「ちょっと。声大きいって」
楠木より十センチ以上小柄な加藤の大声を、体格にそぐわない小声で窘める。
「なんだよー。女に加えて男も選び放題ってか」
「選び放題って……人聞き悪い言い方しないでくれる?」
「へーへー。真面目でイケメンな楠木クンは、どーせ相手がどんな可愛い子でも『よく知らない人とは付き合えません、スイマセン』つって、そこでまた株上げるんだよな。『さすが楠木クン、優しい~!』って」
コロコロと声色を変えながら、加藤が器用にしなを作って見せる。
楠木のことを周囲は「イケメン」と称してくれるけれど、楠木自身は特に自分の顔には興味なんてない。別に自惚れているわけではなく、この顔もまた両親から貰ったものであって、楠木の努力の結晶でも何でもないからだ。そんな自分が人目を惹くのは、平均よりかなり高い身長の所為もあるのではと思っている。
「相手のこと知りもしないのに、告白されたから付き合おうなんて言う方が不誠実でしょ」
「バッカお前、世の中にはその告白すらされない人間が山ほど居んだよ」
贅沢者、と加藤が軽く肩を小突いてくる。
「……で? その『淳平』ってヤツにも、律儀にお断りすんの?」
加藤が指差す、折り畳んだ手紙に視線を落とす。
歪に折られたノートの切れ端。
「いや、これはそういうのじゃない……と思う」
これまで、女子から手紙を受け取るたびに、丁重にお断りすることしか考えてこなかった。部活の練習に手一杯で、異性に興味を持つ余裕なんてなかったから。
だけどこの手紙には、どう返事をしたらいいんだろう。……いや、そもそも指定された時間には行けないんだけど。
仮に行けたとしたら、自分はこの手紙の主に、どんな対応をすればいいんだろうか。
少なくとも、今まで受け取った手紙の中で群を抜くインパクトだったことは間違いない。間違いないのに、なんというか、色々残念な部分が多すぎてこっちがもどかしくなる。
せめてメールアドレスの一つでも書いておいてくれたら、こっちの都合を伝えることも出来たのに。
叶うなら彼がそのことに気付いて、もう一度顔を合わせる機会を設けてくれれば良いのだが。
───行けなくて、スイマセン。
楠木は顔も知らない相手を思い浮かべながら、四つ折りの手紙をそっとポケットに仕舞い込んだ。
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